「……寝過ぎた」


結局目を覚ましたのはすでに夜も老けた後だった。
横に顔を向ければすやすやと眠る義勇さんの寝顔がある。

甘味を頼んでいたはずなのに申し訳ない事をしたなと思いながら身体を起こすと着物で寝たからか、腰を捻るとパキパキと音がなった。


「…義勇さん」


寝息を立てて起きる様子の無い義勇さんの髪を撫で、そっと頬に口づけする。
小芭内さんの家で見たあの夢を思い起こすと、寝る間も惜しんで私を探してくれていたことくらい分かる。

ごめんなさいとありがとうの意味を込めたものだったけれど、自分からしてしまった事に照れてしまってつい顔を覆った。


「もうしてくれないのか」

「ひ!?」

「こっちにして欲しい」

「わ、わ…」


いつの間に起きていたのだろうか、顔を覆っていた私の手を引っ張る義勇さんに乗るように体制を崩してしまって顔が近い。

久し振りの至近距離だからやっぱり心臓に悪い。
本当に顔がいい人ばかりだな、鬼殺隊は。なんて場違いな事を考えているとちょっとだけ不機嫌そうな顔をした義勇さんに見つめられる。


「月陽…」

「〜〜〜っ、」


寝起きの掠れた声が私を誘い、もう少しで唇が触れ合うところまで近寄る。


「今気付いたんだが」

「は、はい」

「ここはそういう所だったんだな」


そう言った義勇さんに今度は場所が代わり押し倒されたように布団へ身体を縫い付けられた。
今更すぎませんかなんてツッコミは言葉にならずひたすら妖しい雰囲気を醸し出す義勇さんの目を見つめる。


「ちょっ、冨岡さん!落ち着いて」

「名前」

「名前?」

「さっきは名前で呼んでくれただろう」


呼んでほしい、と囁かれ羞恥心が限界に達しそうになってしまう。
今だって義勇さんを愛してるけど、それとこれとは違う問題だ。

ここはズルい手を使わなくてはいけないかもしれない。


「わ、私」

「?」

「初めてだから…こんな、形で結ばれたくない…っ」


ごめんなさい、嘘つきました。
ばっちり貴方に捧げておりますとも、えぇ。

けれどそこは記憶の無い義勇さん。
目を丸くした後、覆い被さっていた手を離し私から距離を取る。


「……伊黒に捧げたんじゃないのか」

「どうしてそうなったかは知りませんが違います」

「しかし、伊黒の家に居たんだろう」

「何故です」

「…月陽から伊黒と同じ匂いがする」


何だか最近聞いた覚えのある台詞ばかり言われるなと演技していたことも忘れ真顔になってしまった。
同じ疑問を抱かせてる私が悪いのか、変に鼻のいい義勇さんに驚くべきなのか分からなくなってくる。

と言うか小芭内さんの匂いを知ってる事に驚きなんだけれども。


「小芭内さんに抱かれてませんよ」

「そう、か」

「…義勇さんに抱かれるなら、ちゃんとした時に抱かれたいです」


安心したように息を吐いた義勇さんへ本心を呟く。
どっちにしたって義勇さんには変わらないけれど、できる事なら記憶が戻った時にして欲しい。

こんなはしたない事は言いたくないけれど、これ以上嘘はつきたくない。


「ちゃんとした時、とはいつだ」

「せめて私が、狐の面を外せるようになるまで待ってくれませんか」

「外せる時…」

「必ず柵を断ち切ってみせますから、お願いします」


頭を下げた私に、義勇さんは何か考え込むような仕草を見せた後頭を上げてくれと言われた。


「月陽は悪くない。こんなろくに言葉も伝えないまま事に及ぼうとしていた俺が悪い。すまなかった」

「義勇さんは悪くないです」

「ただ、どうしてもお前に触れたくて仕方が無い。会ってそれ程経っていないと言うのに、月陽が居ないとどうしようもなく寂しい」

「……それは」

「狐の面をした月陽と会った時、素顔の月陽に会った時。どちらも胸が高鳴った」


恐る恐る私の髪に触れて切なげに目を細めた義勇さんがそこへ口付けを落とす。
その仕草や表情が私の胸を締め付ける。

好きです。
貴方だけです。そう言ってしまいたい。


「義勇さん」

「出会った時から…俺は、月陽。お前に惹かれて居たんだと思う」

「…っ」

「!?」


嬉し過ぎて涙を浮かべた私に義勇さんは掬った髪を落としおろおろし始める。
困らせるつもりはないけれど、どうしても止まらなかった。


「まだ、これ以上は言えないけど…私もずっと義勇さんの事愛しています」

「……月陽」


何かを堪えるように私を強く抱き締めてくれた義勇さんの温もりを感じた。
離れていたってこの気持ちは貴方と共に。
それだけは何一つ変わらない、そう思いながら抱き返した。





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