「不安か」

「…少し」


そんな私に気が付いた小芭内さんが立ち止まって振り返る。
もう少しで蒼葉さんのお店に着く。


「全く…家出した子どものようだな」

「だって…」

「お前の事を大層心配してくれる存在が居るだけいいだろう。悪いと思うなら謝ればいい」

「そう、ですけど」


蒼葉さんは旦那さんを失ってから鬼殺へ向かう私をいつも心配そうに見送ってくれた。
帰ってくる私を見て泣きそうな顔でおかえりと言ってくれた。
そんな人の側を1週間以上も開けてしまえばやはり合わせる顔がない。


「…俺も共に説明してやる。だから早くあの人の元へ行って安心させてやれ」

「月陽!」


そう言って私の頭を撫でた小芭内さんがたまたま店の外に出てきた蒼葉さんを指差す。
私まで結構距離があると言うのに駆け寄ってきてくれる蒼葉さんの姿を見ていると、背中を優しく押された。


「っ、蒼葉さん!」


別にお互い生死を彷徨ったわけでもないのに、大袈裟に抱き合った私達はぽろぽろと涙を流す。

たまたま那田蜘蛛山で出会い、私の事情も聞かず暖かく迎えてくれた蒼葉さん。
その時からずっと、私をまるで我が子のように可愛がってくれた。

いつだって帰りを待っててくれたこの人から離れようとしていた自分に腹が立つ。


「良かった。帰ってきてくれたんだね!おかえり、月陽…おかえり…!」

「蒼葉さん…ごっ、ごめんなさい…」

「もう二度と戻ってきてくれないかと思ったよ」


少し痩せた気がする蒼葉さんの身体をぎゅ、と抱き締め返した。
こんな私を想って泣いてくれる人が居ることがすごく嬉しい。


「月陽を帰せず申し訳無い」

「あんたは…鬼殺隊の」

「伊黒と言います。床に伏せていた間俺の元で月陽を療養させていました」

「そうだったんだね…ありがとう、伊黒さん」

「いえ」


ゆっくり私達に近寄った小芭内さんは穏やかな声で蒼葉さんに挨拶をして、帰ってこれなかった経緯を話してくれる。
それだけではない事を小芭内さんは知っているはずなのに。

蒼葉さんから離れ鼻を啜った私の頭を穏やかに笑って撫でてくれた。


「どうやら貴女のお陰で月陽もやって来れたようだ。同じ仲間として今更ではありますが礼を言わせて欲しい」

「いいんだよ!あたしは月陽がまたこうして顔を見せてくれたらそれで」

「俺にとって…いや、俺達にとって月陽はかけがえのない存在です。だから、月陽を支えてくれた貴女にはとても感謝している」

「…ふふ、そうかい。随分と家の子を懇意にしてくれてるみたいで嬉しいよ」

「あぁ。こいつは特に可愛がっているつもりです」

「んな!?」


自慢気に私の頬をつついた小芭内さんに顔を染めてしまう。
小芭内さんのお陰で私達の間に流れる雰囲気が柔らかいものになり、三人で笑いあった。


「さて、俺はそろそろ行く」

「せめてお茶でも飲んで行ったらいいのに」

「いえ、気持ちだけで十分です。月陽、また来る」

「はい、本当にありがとうございました」


残念がる蒼葉さんと私に眉を下げた小芭内さんが仕事があると言ってこの場を後にしようとする。
靡いた羽織をちょっとだけ掴んで、引き止めた。


「小芭内さん!」

「どうした」

「また、遊びに行きますから」

「…襲われても文句は言うなよ。散々我慢してやったんだからな」

「ひぇ…」


私の頬に手を滑らせた小芭内さんが意地悪な笑みを浮かべる。
不意打ち過ぎる行動に思わず小さな悲鳴を上げてしまうと、反応に満足したのか頬に布の感触が掠めた。

後ろでこれを見ていた蒼葉さんがまぁ!と感嘆の声を上げている。


「いい子にしていろ」

「…うっ、了解しました」

「じゃあな」


吹っ切れたような小芭内さんがかっこよくて口をキュッと結びながら必死に首を縦に振れば一瞬で姿を消した。
柱の方々って何で瞬時で消えるんだろうか。

いや、私も使うけれど。


「月陽」

「あ、はい!手伝います!」

「いや、違うのよ。後ろ…」

「え?」


蒼葉さんのお店の手伝いをしようと思った私は気まずそうに後ろを指差した。
さっき小芭内さんは帰ってしまったばかりだし、何を気まずいと言うのだろうか。


「伊黒さんたら大胆ですね」

「……」

「え…」


そこにはにこにこと笑顔を浮かべたしのぶさんと、真顔で私を見る義勇さんがそこには居た。
もしかして、もしかしなくとも見られた…?

でもここで違うんです!とか言ってもおかしいんじゃないだろうか。
一人であわあわしていると、しのぶさんが私の顔を覗き込む。


「あら、貴女は冨岡さんの…」

「胡蝶」

「ふふ。そう怒らないでくださいよ、冨岡さん」

「蒼葉殿、月陽。いつものを頼みたい」

「あ、私はうどんで」


しのぶさんが何か言おうとしたのを義勇さんが遮って私の横を通り過ぎて行く。
俯いた私の横顔を一瞬義勇さんが見たのを視界で捉えると、そっと指が触れて離れて行った。






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