風呂を上がり、寝る時ばかりは外す口布を丁寧に巻いていたその時襖を叩く音がした。

返事をしなければそのまま寝たと帰ってくれるだろうかと手を止める。


「……小芭内さん、寝てますか」


声を潜めて話し掛けて来る月陽にバレないよう布団に音も無く入り、口元を掛け布団で隠す。
黙ったまま目を閉じ気配が消えるのを待っていると、俺が起きている事に気が付いているのだろうそこから動く事なく襖に体重が掛けられた。


「私、義勇さんが好きです。でも、小芭内さんだって大切です。どんなに考えても貴方を突き放す事はやっぱり出来ません」

「(そんなの知っているさ)」

「だって、小芭内さんの事人として尊敬してるし大好きですもん。そんな人が寂しそうにしてたら突き放すなんて出来ない」

「(それを優しさとは言わないとさっきも言っただろう)」


ため息をついてしまいそうになりながら寝返りを打とうとした時、ゆっくりと襖が開かれる。
おい、何をしているんだアイツは。

だんだんと近寄ってくる気配に眉間に皺が刻まれそうになるのを耐えていると、俺の頭に月陽の手が乗った。


「小芭内さん、貴方が何に苦しんでいるのかは分かりません。でも、私に話して楽になるのなら…抱いて楽になるのなら」

「っ、お前は自分が何を言っているのか分かってるのか」

「小芭内さん、やっぱり起きてた」

「……、」


聞くに耐えない言葉の数々に、月陽の手を引っ張り倒せば優しく笑って俺を見つめていた。
顕になってしまった口元を急いで隠せば、横たわったままの月陽の手が両頬に当てられつい肩を震わせてしまう。

見られてしまった。こんな醜いものを。


「小芭内さん、よしよし」

「……は?」

「泣かないで、大丈夫。怖い事なんてないから。私がついてますよ」


頬を包んでいた指で俺の瞼を拭うと、頭を抱き寄せられた。
誰かに抱き寄せられるなど、何年ぶりだろうか。
暖かな体温が月陽の言葉を脳がより素直に受け取ってしまいそうになる。


「…泣いてなどいない」

「そうでしたか。それは失礼しました」

「お前が起こすからあくびが出ただけだ」

「すみません」

「貧相な胸だな」

「はいはい失礼…されてるの私ですよね!?」


月陽の穏やかな心臓の音を聞きながら細い身体を強く抱き締める。
やはり冨岡は良い御身分だ。

これだけ出来た女の心を記憶を無くしながら繋ぎ止めているなんて。
俺が冨岡であったなら、このままずっと家に閉じ込めて置きたいくらいだ。

いや、もしかしたらあいつもそう思いながら葛藤してきたのかもしれない。


「何も聞かないのか」

「小芭内さんが話したくない事は聞きません。でもきっとどんな過去を持っていても、私の中の小芭内さんが変わる事なんてないですし」

「このままお前を襲ってもか?」

「…うーん、私が布団に忍び込んだので今回は私が悪いのかなって思います」

「そこは嫌だとか駄目だとか言っておけ馬鹿者」


俺が月陽を組み敷いた状態でいる事を冨岡は知らないのだろう。
当たり前ではあるが。

今夜だけだ。
今夜だけ、俺が月陽を独占してもいいのだろうか。


「俺の好きにしていいのか」

「はい」

「ならこのまま共に寝ろ」

「了解です」


月陽が少しでいい、側に居てくれたらそれで十分だ。
冨岡、お前が記憶をなくしているのが悪い。

いつまでも記憶が無いと他の者に取られても文句は言えないからな。
まぁ、月陽がそれを良しとはしないだろうが。


「冨岡に嫌気が差したならいつでも来い」

「あれ、何か聞き覚えある言葉…」

「あの時と今では意味が違う」

「……小芭内さんって大胆ですよね」


どちらかが寝付くまで取り留めのない話をした。
誰かと同じ布団で寝る事などなかった俺だが、こんな風に誰かと何かを眠くなるまで話すのは悪く無いと、そう思った。


そのままいつの間にか寝てしまったようで、先に起きた俺は無防備に寝顔を晒す月陽の額に口づけを落とす。


「綺麗事でも何でもない。お前が幸せそうに笑うのなら俺はそれでいい」


月陽が一番輝く場所が俺の側でなく冨岡の隣だったとしても、それでいいと思える程に愛しいと思っているんだ。


「起きろ月陽」

「…ぅ、もうちょっと」

「犯すぞ」

「その言葉で耳が孕む!」

「アホ。そんなんで孕むか」


俺はたまにこうして月陽となんてことの無い会話をできたらそれでいいんだ。



Next.





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