「さて、家に入るか!」
「言っておくがお前の家ではないからな」
あまね様達の姿が見えなくなった後、頭を上げた私の肩を煉獄様が抱え小芭内さんの屋敷へ踵を返す。
小芭内さんはネチネチと文句を言いながら玄関を開け再び招き入れてくれた。
「しかし伊黒と時透が同時に思い出すとはな!」
「正確に言えば同時期、だがな。厄介な血鬼術を持った鬼も居たものだ」
「すみません」
「月陽、君が謝ることは無い。話を聞けば君が生まれる前の事だったらしいじゃないか。それをどうにかしろという方が余程酷だと思うがな」
「陽縁という鬼がどういう意図で俺達の記憶を全て消したか分からん内は慎重に行動したほうがいいだろう」
「うむ!伊黒に同意する」
居間に三人で戻り、これからの事を話しながらお茶を飲む。
ここに義勇さんが居たらなんて贅沢かもしれないけれど、いつかこんな風に皆でお茶が出来たら嬉しいななんて思ってしまった。
「しかし冨岡が記憶を取り戻さないのが不思議だな」
「あいつはそういう物に疎いからじゃないのか。相変わらず腹の立つ奴だ」
「ふむ…しかしどちらにせよ月陽が大切な事には変わらないようだぞ」
何を知っているのか分からないいつもの顔で私を見た煉獄様に嫌な予感がして思わず背筋を伸ばす。
皆義勇さんを何考えているかわからないと言うけれど、煉獄様もそうだと思うんだ。
「先日蒼葉殿の元に飯を食いに行って聞いたのだが冨岡と逢瀬をしていたらしいじゃないか!」
「お、逢瀬なんて…!」
「全くお前らは記憶があっても無くても変わらないようだな」
「う…でも義勇さんは覚えていませんし、そんなつもりは」
そこまで言って、義勇さんに口付けられたことを思い出して顔が赤くなってしまう。
免疫が下がっていて駄目だ。
笑ったまま私を見つめる煉獄様に目を逸らしてどう話題を変えようか必死に考える。
「そ、そんなことよりですよ?明日お館様のお屋敷に行くにあたって私はこのままでいいのでしょうか」
「そこは気にせずとも俺が用意してある!」
「用意だと?」
いくらあまね様に許可を頂いたとは言えこのままの格好や面を付けた状態で行くのは気が引ける。
悪い事はしていないとは言え、もし不死川様や宇髄様に見つかったら何かしらの問題が起きてしまいそうだ。
そうした私の不安をかき消すかのように、煉獄様が持っていた風呂敷を机の上に置き腕を組む。
「これは?」
「隠の服だ!」
「お前にしては機転のきいた行動じゃないか」
「す、凄い…」
風呂敷を解き、中身を出した煉獄様は自信満々げに賞賛した私達へ頷く。
隊服では無く隠と言うのがとても有り難い。
お館様に謁見するとは言え、出来る限り他の方々へ顔を見せてしまうのはと考えていた私にとって最善の恰好だった。
「これを着て伊黒の側に居れば安心だろう。伊黒は頭がいいし、口も良く回る。何かあっても共にすり抜けてくれるだろうしな!」
「…褒めても何も出ないからな」
「ふふ」
仲いい二人を見ながらまるで幼馴染のようだと思う。
机の上に置かれた女性用の隠衣装を手に取って自分の身体に合わせてみれば、意外にもぴったりとしたサイズで着心地が良さそうだった。
目から下が隠れれば義勇さんや村田さん辺りじゃないと気が付かないだろうし。
「そう言えば何故あまね殿をここへ呼んだのだ」
「うむ、お館様には知らせておいた方がいいと思ってな。そうした方が今後月陽とも連携が取りやすいだろう!」
「ならば最初からそう言え」
「たまたま会ったから考え付いたんだ、許せ!」
「たまたま!?」
思いつきの行動であまね様を引っ張りだすなんて私には考えもつかない行動だろう。
いやきっと煉獄様以外誰もそんな事しようとはしないと思うけれど。
でもそのおかげで凄く助かった。
「煉獄、まだここに居るのだろう」
「ん?あぁ、もう少し居るつもりだが」
「俺は少しやる事がある、月陽の相手でもしておいてやれ」
「よし分かった!」
「子供扱い!?」
小芭内さんは自室へ行ってしまい私のツッコミは完全に無視されてしまった。
居間に残された私達はお茶を飲みながら雑談をしたり、互いの呼吸について話し合ったりした。
「そう言えば月陽、伊黒とはどうだ?」
「え?普通だと思いますけど」
「食事の時はどうしている?」
「一緒に食べてますよ」
突然真剣な顔をし始めた煉獄様に私は首を傾げる。
もしかして包帯の下の事を言っているのだろうか。
それなら私は殆んど見たことがない。
口元を袖で隠しているし、見られたくないものを覗く程無神経ではないつもりだ。
「自分の事も忙しいし大変かと思うが伊黒は君に心を許しているようだ、どうか仲良くしてやってくれないか」
「もっ、勿論ですよ!寧ろ私が可愛がってもらってますから」
「余程月陽が可愛くて仕方ないのだろうな」
「えへへ…」
「まぁそれとはまた別のものがあるようだが」
「え?何か言いましたか?」
「いいや」
そう言って煉獄様は穏やかな顔で首を振った。
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