「伊黒!邪魔するぞ!」

「また喧しいのが来たな」

「私出てきますね」


小芭内さんはお寛ぎ中なので、慣れた屋敷を歩いて煉獄様をお迎えに行く。

ガラリと音を立てて玄関の戸を開ければ煉獄様があまね様を連れて立っていた。
思わぬお連れ様に目を見開きながら即座に膝をつく。


「あ、あまね様!」

「…月陽さん、でしたよね」

「はい!ど、どうしてあまね様が…」

「あまね殿だと!?」


バタバタと足音が聞こえて驚いた様子の小芭内さんといつも通りな無一郎が玄関までやって来る。


「あまね殿に事情を説明しておこうと思ってな!」

「お、おまっ…そんな理由であまね殿を連れ回すんじゃない!」

「あまね様、汚い所ですがどうぞ」

「お前がそういうことを言うんじゃない!」


あまね様が来た事で一気に混乱した私達はあわあわと居間へお通しして、上座に座らせた後四人並んで下座に座る。
私の姿を見て思い出す事は無かったのか、一瞬戸惑いは見られたけれどあまね様は姿勢を崩さず私達を見た。


「道中煉獄殿から事情はお聞きしました。私達の記憶が無いのは陽縁という鬼の血鬼術のせいだそうですね」

「…はい。恐らくではありますが」

「どうやら煉獄殿の他にも貴女の記憶がある者が居るようですし、血鬼術による隊内の者たちの記憶喪失を信じましょう」

「あ、ありがとうございます…」


いつも母の様な眼差しを向けてくれていたあまね様は少しだけ表情を和らげ私に微笑んでくれた。
信じていただけたのは嬉しいけれど、これからどうしたらいいのか話してもいいものかと思案する。


「では作戦会議を始めようか!」

「…お前は唐突すぎる。せめてあまね殿が来るなら鴉を飛ばせ」

「うむ!すまんな!」

「煉獄さんってそういう所あるよね」


余りに自由奔放な話し合いの始まりに思わず頭を抱えそうになった。
どうしたものかと小芭内さんへ視線をやると同じ様に困った顔をしている。


「いくつか質問があります」

「はい、なんなりと」

「月陽さん、貴女が鬼殺隊の方々に忘れられる前何が起こったのか。そしてその間今まで何をしていたのか教えていただけませんか」

「分かりました」


真剣に私へ問い掛けるあまね様へ夜中に陽縁と出会い交戦したこと、気絶した後珠世さんの元で二年眠り続けた事、そして起きた後面をつけて様々な場所で鬼狩りを続けていた事を説明した。
面をあまね様へお渡しして、狐面は自分だと言うこともきちんと話した。


「そんな事があったんだね…ごめんね、月陽」

「話の内容と、隊士の方々からの話は一致します。やはり貴女が噂の狐の君のようですね」

「む、月陽は狐どんではなかったのか?」

「え、狐どん?」

「何だその死ぬ程アホくさい名前は」

「……人それぞれ呼び方があったようですが、呼び名はともかく月陽さんと言うことです」


グダついた話にもあまね様は一切表情を変えることなく私へ声を掛けてくれた。
そうだ、噂も人から人へ話が回っていくに連れて尾ひれも付くと言うし煉獄様の狐どんだって仕方ないのかもしれない。
うん。


「そ、そのようで…」

「しかしここまで説明を受けても、月陽さんの事を思い出せず申し訳ありません」

「ちょっ…あまね様、お顔を上げてください!皆さんを巻き込んでしまった私が悪いのです」


私に向かって頭を下げたあまね様に近寄り肩を押して体を起こしながら目を伏せる。
私達家族の因縁に巻き込まれたのは鬼殺隊の皆さんで、被害者なのだから私が謝る事はしても謝られる事なんて全く無い。


「それでも、辛かったでしょう。貴女はとても優しい目をしている。子どもたちから聞いた話も含め信頼に値します」

「……あ、ありがとうございます」

「頑張りましたね」


あまね様の優しい言葉と眼差しに泣きそうになりながら頭を下げると、白く柔らかな手が髪を撫でてくれた。


「伊黒殿。明日月陽さんを耀哉様の元へお連れしてください」

「御意」

「無一郎殿は私と共に帰りましょう。煉獄殿はこれから仕事がありますから」

「えっ!」


話したい事は終えたのか、あまね様が立ち上がると無一郎を名指しして手招きする。
不満気な声を漏らした無一郎へ困ったように笑うと私はそっと側に近寄り柔らかい頭を撫でた。


「ごめんね、無一郎。またゆっくりお話しよう?」

「……絶対だよ」

「うん。あまね様をお願い」

「分かった。あまね様、帰りましょう」

「また明日、屋敷でお待ちしています」

「頼んだぞ!」

「玄関までお送りします」


歩き出したあまね様の後ろについてお見送りをする為に全員で玄関を出て無一郎と帰っていく背中を見つめた。

お館様の屋敷までそう遠くはないけれど、わざわざ私の為にここまでいらしてくれたあまね様には頭が上がらない。
私はあまね様の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。






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