あの後結局数日小芭内さんにお世話になった。
やっと熱も完全に下がり、町医者の方に大丈夫だと言われた私は殆ど使われていない小芭内さんの家のお台所で料理をしている。
ちゃんと蒼葉さんには遅くなると手紙は出したけれど私の一方的なものなので、どんな反応をしているのか分からなくて少し不安になっていた。
「月陽、何をしている?」
「体調も良くなったので小芭内さんの好物を作っています」
「好物など教えた覚えはないが」
「ええ、聞いたことありませんよ」
テキパキと手を動かしながら私の後ろに立った小芭内さんに返事をする。
基本食事時でさえ包帯を口の分しか外さない小芭内さんは全くと言って進んで食事を取らない。
包帯の下に何か隠しているからなのか、元々の食が細いからなのか、それとも両者なのかは知らないけれど。
今私が出来ることはこれくらいなので、お台所をお借りしたいと許可を得て料理をしている。
それにある程度食材を確認すれば小芭内さんが何を好きなのか何となくではあるけれど想像がついた。
「小芭内さんてとろろ昆布好きなんですね」
「……どうしてそれを」
「基本的に食材が無い中でとろろ昆布が群を抜いていれば自然と好物なのかなって思いますよ」
「そうか」
ちょっとだけ得意気にそう言ってみれば意外と反応の薄い小芭内さんを不思議に思って振り向けば柱に寄りかかったまま私を見ていた。
「…こうしていつも作っていたのか」
「え?あ、はい」
「随分と良い御身分だっただろうな、冨岡は」
「いえ、ちゃんと冨岡さんは手伝ってくれてましたよ」
「そういう意味で言った訳では無いんだがな」
いつの間にか私の背後まで来た小芭内さんが頭を優しく叩き、手元を興味深そうにのぞき込んでいる。
そんなに珍しいものだろうかと思いながら、顔が近くても気にしない小芭内さんを見つめた。
あの布団事件(笑)の後なかなか近寄ってくれないしずっと謝ってるしでとても大変だったのだ。
とろろ昆布の入った出汁巻き卵と味噌汁、漬物くらいでいいだろうと一口大に切って皿に乗せていく。
「前に食ったことがあったがあの時も美味かったな。得意なのか」
「それなりにですけれど作ってる時間は嫌いじゃないですよ」
「ほう」
「ふふ、小芭内さん。来て来て」
味を染み込ませるために冷ましていた味噌汁を再び火に掛け、小芭内さんの手を取り竈の前に座らせる。
「何だ?」
「今回は沸騰させないですが、こうして話しながら座って火の番をしてるのってとっても楽しいんですよ」
「…そうか」
「今日はとろろ昆布の出汁巻きと、玉ねぎとわかめの味噌汁でーすとか言って」
「ふ、まるでままごとのようだな」
満更でもなさそうな小芭内さんの反応に自然と笑みがこぼれてくる。
義勇さんともこうして温まるのを待つのが楽しかった。
「月陽」
「はい?」
「……いや、何でもない」
「えー、何ですか?気になる!」
「何でもないと言っているだろう」
「教えてくださいよー!」
家に居るから着流し姿の小芭内さんの袖を引っ張りながら巫山戯て遊んでみる。
「おいやめろ」
「いひゃひゃひゃ」
「押すな、ばっ…」
「ぎゃ!」
おふざけが過ぎて尻餅をついた小芭内の上に続いて体制を崩してしまった。
顔を打たないように受け止めてくれる辺りが流石というか何と言うか。
「おい、ふざけ過ぎだぞ」
「へへへ、すいませ」
「へぇー、伊黒さんすっっごく楽しそうだね」
もつれ合うように転んだ私達の間に顔を出した無一郎に驚いて無言で飛び退く。
な、何で無一郎がここに。
何も悪い事はしていないはずだけど、何だかいけないことをしているのを見られた感覚になる。
「月陽、味噌汁沸いちゃうよ」
「え、あ、はい!」
「……伊黒さんもあんな顔するんだ」
「なんの事だ」
「無自覚な訳じゃないでしょ」
慌てて火を止めに行った私の腰に無一郎が抱き着きながら小芭内さんに何か言っている。
今日確かに無一郎や煉獄様を呼んで作戦を考えようと話はしたけれど早すぎないだろうか。
甘えるように顔を押し付けてくる無一郎を宥めながら味噌汁を混ぜる。
「あ、あの…無一郎?ごめんね、この前は」
「許さない」
「うっ…」
「でも忘れた僕も悪いからお互い様だね」
「おい、家主の存在を忘れるなよ」
おずおずと無一郎へ謝ると頬を膨らませながら一度は拒否されたけれど、すぐに笑ってくれた。
背の大きくなった無一郎にすっぽり包まれて何だか変な感じ。
「無一郎、ご飯は食べたの?」
「うん。でも月陽の手作りは食べたいから味噌汁だけ欲しいな」
「小芭内さん、無一郎もご一緒していいですか?」
「構わない」
「良かったね無一郎!」
その後私達は仲良く三人で昼御飯を食べて、お腹いっぱいになりながら二人の二年間の話を聞いた。
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