夢を見た。
何の夢だかは分からない。
けれど、とても切なくなる。
花札の様な耳飾りを付けた人が、私を呼んでいた。
「―――――」
幸せな日常をその人と過ごしていたはずなのに。
私は死んだ。
鬼に殺された。
「―――っ!!」
身体を切り裂かれた瞬間、飛び起きた私は辺りを見渡しここが借りた旅館の一室である事に安堵の息をついた。
変な夢を見たお陰で、着ている夜着は汗で濡れている。
「…お風呂、入れるかな」
今から寝るには目覚めが最悪過ぎた。
私は今、鬼を討つために2日程町で潜入を試みている。
今回の鬼は警戒心が強いのか、なかなか尻尾を出してはくれない。
蒼葉さんに手紙で遅くなるとは伝えたけれど、早く帰って仕事をしなくては鬼殺隊の誰かに疑われてしまいそうだ。
何より蒼葉さん一人ではきっと大変だろうし、ここ最近の混み様は凄まじかった。
未だに汗が伝う自分の身体に張り付く夜着に鬱陶しさが限界を迎えて、とにかく風呂を借りようと日中の静かな旅館を歩く。
「あの花札の様な耳飾り、どこかで見たような気がする」
ガンガンと硬いもので頭を殴られ続けているような程の頭痛に耐えながら脱衣所で夜着を脱ぐ。
気持ち悪いし頭も痛い。
けれどここに隊士が派遣されていない以上、私がどうにかしなくてはいけない。
上弦や下弦の鬼でなかったとしても、実際に被害が数名出ていると聞けば放っておく事など出来る訳がないし、かと言って煉獄様を呼び出すには余りに手間が掛かる。
「…出掛けて薬でも貰おうかな」
ため息をついた私は風呂場で全身を洗うと、不快感がマシになり服へと袖を通す。
愈史郎君に貰ったものは今干してあるから、この町で調達した男物の袴。
日中は人が少ないから女性用の脱衣所から袴を着た私が出てきても何の問題もないだろうと戸を開けた。
「…あれ男湯こっち?」
「っ…………」
危ない。叫びそうになってしまった。
何でこんな所に無一郎が居るの。
女性専用の脱衣所から出てきた私を見て、入ろうと手を掛けていた扉をもう一度見る無一郎を横目にそっと通り過ぎてしまおうと足音を立てずにすれ違う。
予定だった。
「ねぇ、何で女の人が男の人の格好してるの?」
どうしてこういう時に無一郎の関心がこちらに向いてしまうんだろうか。
無一郎は他人に興味を持たない子だったじゃない。
私の腕を掴んだ無一郎がぼんやりとした瞳で見つめてくる。
振り向いてきちんと姿を確認するとあの時より背丈の大きくなった無一郎に内心感動もしてはいるけれど、どうして今なのだろうかと頭を抱えた。
「え、えと…女性の格好で出歩くのが苦手で…」
「は?」
やってしまったー!!
咄嗟に嘘ついてみたけど無理矢理すぎて私でも同じ反応するわ!
怪訝そうな顔で私を見た無一郎の目はまるで不審者を見るかのような視線だ。
自分のどうしようもない嘘に思わず笑みが引きつってしまうと、私の腕を握ったままの無一郎が顔を近付ける。
「…なっ何かな?」
「お姉さん」
「はい…」
「とっても綺麗な顔なのに勿体無いね」
私のほっぺたをぷに、と突いた無一郎は無表情ながらに褒めてくれた。
記憶が無くなろうとも無一郎はやっぱり可愛らしい。
流石はお館様とあまね様。
とてもいい子に育ってますね。
「ありがとう」
「どうせすぐに忘れるから、お礼なんていいよ」
「…それでも、君に褒められて凄く嬉しかったから言いたいんだ。だからお礼は言わせて?」
「……お姉さんがそれでいいならいいけど」
二年経っても無一郎の記憶喪失は治らないままだった。
けれど元気そうな姿が見られて良かったと思いながら無一郎の柔らかい髪の毛を撫でる。
「ねぇ、君は飴好き?」
「飴…うん」
「ちょっと待っててね」
私は持ってきていた巾着を漁り、最後のひと粒になった飴を取り出した。
さっきまで興味が無さそうにしていた無一郎の目が一瞬輝いたのを見逃さなかった私は、子供ながらに固く男の子らしくなった手のひらに飴を置く。
「それならあげる。褒めてくれたお礼だよ」
「…ありがとう」
「それじゃ、お姉さんは行くね。余り無茶したら駄目だよ」
「無茶?」
「あ、いや。手とか傷があったから」
ついついいつものように無一郎へと声を掛けてしまい、目を逸らしながらそれらしい理由をつけた。
今度はうまく行った気がする。
「ふーん」
「あ、あはは。それじゃ、元気でね!」
何かを勘ぐるように私を見た無一郎の視線から逃げるように、借りた部屋へと走った。
あれ以上無一郎と居たらボロを出しかねない。
それに、
「この服見られたからもう一着別の物を用意しなくちゃ駄目じゃないだろうか…」
見られてしまったのだ。私の服装を。
無一郎がただこの旅館に寄っただけならば問題はないけれど、もし鬼の噂を聞いて退治しにやって来たというのなら面をつけた所で私の正体がバレてしまう。
相変わらず詰めが甘いな、なんて小芭内さんの言葉が聞こえた気がしてため息をついた。
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