家へ入った月陽は目を輝かせ辺りを見回していた。
そんなに見てもたいして物もない家だから何も楽しい事はないだろうと思いながら居間へ案内する。

すると一点を見つめて動かなくなった月陽に足を止めて振り返った。


「どうかしたか」

「あ、いえ。見慣れない羽織があったもので」

「これか。この羽織の持ち主らしい狐面をつけた者を探しているだけで特に意味は無い」

「そう、ですか」


月陽の視線の先には狐面の物だという羽織に向けられていた。
別に手掛かりとして貰っただけのそれを気にしなくていいと言って、台所へ買ったものを置きに行く。

少し休むといいと言おうとすると、時計を見た月陽が台所を借りたいと言ってきたので勿論だと頷けば器具の場所を聞きながら水道で手を洗う。

どこだと聞く割には特に迷った様子もない月陽に首を傾げるが、きっと台所などどこも同じ作りなんだろうと解決して自分には何かできる事はないか聞く。

そうすれば薪を持ってきて欲しいと言われ、勿論だと頷いて勝手口から外へ出て薪を取る。
目分量で薪を持って帰ると野菜を切り始めている月陽が振り向いて俺へ柔く微笑みかけた。


「おかえりなさい」

「……あぁ」


ただ薪を取りに行っただけの俺にそんな言葉を投げ掛けてきた月陽に驚いてつい返事が遅くなってしまった。
どうしてこんなに懐かしいと感じるのだろうか。

前を向いて恥ずかしそうにする月陽に、胸が締め付けられる。
近くに持ってきた薪を置き、華奢な身体へ手を伸ばしそっと抱きしめた。


「不思議だ」

「と、冨岡さん」

「まるで前から月陽が住んでいたかのように、この光景を見た事があるような感じがする」


当たり前のようにおかえりを口に出してくれた月陽に随時感がある。
しかし彼女と出会ったのは数週間前の話だ。

いい香りのする首筋に顔を埋めて月陽の体温や脈を感じると凄く安心する。


「や、冨岡さっ…」

「お前と居ると、安心する」


胸を締め付けられるような感覚に思わず身体に回した腕へ力が篭もる。
しかし戸惑う雰囲気を月陽から感じ、腕を外して謝った。


「…すまない。不躾に触りすぎた」

「いえ…冨岡さんなら、私は」

「そう言う事を言われると勘違いする」

「っ!」


何度目かになる俺ならばと言う言葉に思わず月陽の顎を引き、柔らかく熟れた唇へ自分のものを重ねる。
目を閉じて受け入れてくれた月陽に、先程まで感じていた不安が一気に消えた瞬間ぴくりと動いた身体に顔を離して血の浮き出た指を視界に捉えた。

熱に浮かされたままその血を舐めとると、口の中に広がった鉄の味にふと我に返り急いで薬や包帯の入った箱を取りに向かう。


「…俺は、何をしてるんだ」


俺を受け入れてくれる月陽に甘え過ぎたと反省をして、蹲っていた彼女の指に消毒液を掛け包帯を巻いた。

月陽の作った食事を終え、縁側に座ってのんびりとした時間を過ごしながら隣にある綺麗な横顔へ話し掛ける。


「月陽」

「何ですか?」

「また、こうして遊びに来てほしい」

「も、勿論です!」

「次は我慢する」


思った事を口に出せば、こくこくと首を縦に振ってくれた月陽に胸の内が暖かくなる。
口づけの意味を問われはしなかったが、嫌ではなかったのだろうかと自分にしては珍しく前向きな考えをしている事に少しばかり驚いた。

月陽と居ると新しい自分に驚いてばかりだ。


触れた指先が月陽の物だと思うとそれだけで幸せを感じる自分がいる。

しかしそろそろ日もくれる頃だ。
月陽を送らなくてはいけない時間になり渋々ではあるが、家まで送ると伝える。

最初こそ首を横には振っていたが、鬼が出る時間だと言えば困ったように笑いながら受け入れてくれた。
もう二度と大切な者を鬼などに奪われたくない。
そう思いながら月陽の手を握って蒼葉殿の家へ向かった。








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