月陽と会うと決まった当日、約束の時刻より少し早めに蒼葉殿の家へついた俺は少し離れた所で聞こえてくる穏やかな会話を聞いていた。
どんな着物を着ていてもきっと似合うだろうと思うのに、月陽は俺と会うために大騒ぎで蒼葉殿へ質問を繰り返している。
「……ふ」
蒼葉殿には申し訳ないが俺の為に何度も確認を取ってくれているのだと思うと、少し嬉しくなって笑みが溢れる。
月陽と出会うまでただがむしゃらに自分を鍛えてきただけの俺が、今はこうして一人の女性を待っているだけの時間を過ごしている事に違和感を感じた。
「さぁ、行っておいで!」
月陽を急かす蒼葉殿の声が聞こえたと思ったら、少し恥ずかしげに姿を現してくれた彼女にやっぱりどんな着物も似合うと心の中で賞賛した。
下手げに口に出せば引かれてしまうかもしれない。
「蒼葉殿、すまない。月陽を借りて行く」
「いいんだよ!この子は働き者だからたくさん息抜きさせてやっておくれ!」
「…勿論だ」
「冨岡さん、今日はよろしくお願いします」
見送りに来てくれた蒼葉殿に挨拶をすると、おずおずと照れた様子で髪を触る月陽が頭を下げた。
お願いしたのはこちらの方なのだがな。
「明日までには帰ってきてくれたらそれでいいからね!」
「!?」
「ちょっとぉぉ!蒼葉さん!!」
わくわくした顔を隠しもせずに蒼葉殿からそんな事を言われて流石の俺も驚いた。
騒いでいたのは蒼葉殿に揶揄われていたからだったのかと思うと二人の仲の良さが感じられる。
まるで母子のようだ。
手を振って見送ってくれた蒼葉殿へ一礼して少し歩いて気が付いたが、どこに行くか決めていなかったと一歩後ろを歩く月陽へ振り返った。
「どこか行きたい所はあるか」
「あ、いえ。冨岡さんとなら、どこに行っても楽しいですから」
「……そうか」
行きたい場所を訪ねれば、予想外な言葉で返され必要最低限の言葉で返してしまった。
俺とならどこでもいいと、そんな事を言われてしまえば余計に困る。
俺の他にもそんな事を言っているのか、それとも俺だけなのか思わせぶりな態度が多過ぎて頭の中が混乱しながら顔に集まる熱に前を向いて月陽に見られないよう誤魔化した。
「特に行く所がないのなら、何も無いが家に来るか」
「え!?」
「嫌なら甘味処でも、食事処でもいい。月陽とゆっくり出来る空間があれば」
混乱する頭で絞り出した言葉に自分で頭を抱えながら取り繕うように付け足しながら、驚いた様子を見せた月陽に少しだけ肩を落とす。
分かれ道で止まって月陽の返事を待っていると、所々豆の出来た柔らかい手が俺の手を包んだ。
「冨岡さんのお家でいいです。でも、良かったらお食事くらい作らせてもらえませんか?」
「…なら町に寄ってから家に行こう」
「はい」
期待してしまってもいいのだろうか。
そっと手を握り返してみれば、嫌がることなく俺についてきてくれた。
まるで今までもずっとこうしてきたかのように、自然と受け入れてくれた月陽に嬉しさがこみ上げる。
町へ向かう道中、ろくな反応が出来ない俺へ楽しそうに話をしてくれた。
「そう言えば最近団子作りが上手くなってきたんですよ」
「そうか」
「大福も挑戦し始めたんですけどね」
最近、月陽の作った甘味が段々と蒼葉殿の作ったものに近付いてきた気がする。
上達してしまえば当たり前に店に置かれるようになるのかと少し複雑な気持ちになりつつ、嬉しそうな月陽にまぁいいかとも思えた。
しかし本当に月陽はこんな俺と居て楽しめているのだろうか。
一度不安になってしまうと気になってしまって、つい言葉に出してしまった。
「月陽」
「はい?」
「…つまらなくはないか」
そんな質問を投げかけた俺に一度月陽は驚いたように目を丸くすると、すぐに優しい笑みで俺の言葉を否定してくれた。
「楽しいですよ」
「俺は、気の利いた事など言えない」
「知ってます」
「!」
それでも後ろ向きな考えが消えなかった俺に、笑顔を浮かべたままの月陽は自信満々に口下手を肯定した。
「それでも私は冨岡さんとご一緒出来る時間、とても楽しいですよ」
「……そうか」
「はい!」
俺の駄目な所さえ受け入れてくれるかのような言葉に、自分でも気付かないぐらい自然に笑顔が浮かんだ。
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