「そろそろ送る」
「あ、いえ！道は覚えてますから」
「もうすぐ日暮れだ。鬼殺隊を知っているのなら分かるだろう。一人で帰らせる訳にはいかない」
「あ、あはは。ありがとうございます」
確かに今日輪刀を持っていないから義勇さんが送ってくれるのは有り難い。
ちょっとした罪悪感に苛まれながらも私は義勇さんに送ってもらう事にした。
鬼狩りが危ないからと送って貰うなんて、そう思いながら支度をして屋敷を後にする。
自然と繋がれた手は指と指が絡み合い照れくさいけれどとても幸せだ。
「冨岡さんは今日もお仕事ですか？」
「あぁ」
「…冨岡さん程の実力があるなら大丈夫だと思いますが、気を付けて下さいね」
「分かっている」
少しだけ強く手を握れば、同じくらいの力で握り返してくれる。
暖かな義勇さんの体温をもっと感じていたいけれど、楽しい時間の帰り道はとてもあっという間でもうすぐ蒼葉さんのお家に着いてしまう所まで来た。
「今日はとても楽しかったです」
「あぁ」
「もう蒼葉さんのお家は近くですし、ここで大丈夫ですよ」
蒼葉さんのお家が視界に入った辺りで立ち止まり、未だ離されることのない手に触れながら義勇さんに振り返れば何か言いたげにしている。
少し待った方がいいかとその顔を見つめていると、意を決したような表情を浮かべた義勇さんの目が私の瞳を見た。
「月陽」
「はい」
「……口づけしてもいいか」
「えぇっ！」
「駄目か」
最後の最後でなんて事を言い始めるんだ。
確かに記憶がなくなる前もお付き合いする前から触れてくる事は多かったけれど、こんな、まさか堂々とお願いしてくるとは。
驚いた私にゆっくり近付いてくる義勇さんは答えなんて聞くつもりもないようだ。
もうどうにでもなれ、と強く目を閉じると少しだけ大きくなった義勇さんの身体に包まれて口付けられた。
一回だけだと思ったのに、その後何度も角度を変えながら口づけしてくる義勇さんに息が続かなくなり胸を叩く。
「……っ、」
「すま、ない」
「もう…人前なんですからね」
「月陽が、可愛すぎて止まらなくなった」
肩で息をする私に困った様に微笑んだ義勇さんに胸が苦しくなる。
罪な人だ…。
別れてはいないとは言え、義勇さんは記憶が無いのだしお付き合いしている関係でもないのに。
「また会いに来る」
「…絶対ですよ」
「あぁ」
絶対、なんて無いけれど、今の私達にはこれくらいの口約束しかできない。
俯く私の頭を撫でた義勇さんはもう一度額へ口づけを落とし背を向けた。
一緒に鬼狩りへ赴く事が出来ないのが悔しいけれど、これは私が決めた道だ。
手を伸ばしかけた腕を片方の手で抑え込み振り返る事なくまっすぐ前を見て歩く義勇さんの背中を見送る。
「…義勇さん」
聞こえる訳がないのに、義勇さんへと声を掛けた。
「義勇さん、待っててくださいね。ちゃんと、皆の記憶を取り戻してみせますから」
今日の夜、私もかー君から聞いた鬼が出ると言う場所に向かわなくてはならない。
表立って行動が出来ない以上、手柄を横取りするような方法になってしまうけれど出来る限り手伝いはしていきたいから。
義勇さんとは別の場所で刀を握る。
「月陽、もう帰ってきたのかい？」
「蒼葉さん」
「出掛けるんだろう？おにぎりを持って行きなさい」
「わ、ありがとうございます」
いつの間に外に出てきたのだろう。
包みを持った蒼葉さんがそれを渡してくれると、私の日輪刀と着替えも持ってきてくれていた。
その両方を受け取った私は纏めていた髪をおろし、いつも通りに結うと義勇さんに貰った簪を挿す。
着替えは後でもいいだろうと風呂敷を肩に掛ける。
「家に入ったらすぐ藤の香を焚いてくださいね」
「分かってるよ」
「必ず帰ってきますから」
「…気を付けてね」
「はい。行ってきます！」
心配そうに眉を下げた蒼葉さんに出来る限り元気よく挨拶をして義勇さんが向かって行った方向とは逆方向へ出発する。
近くの木にはかー君が私を待っている。
振り返って、私を見送り続ける蒼葉さんへもう一度手を振るとその場から一瞬で姿を消した。
陽縁を見つけなくちゃ。
早く、誤解を解いて皆の記憶も戻してもらわなくてはいけない。
それまで立ち止まる事は許されないから。
自分の為にも、みんなの為にも血鬼術を解く。
再び自分の中で決意を固め私は今日も鬼を狩りに出た。
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