「素敵なお家ですね!」

「なんてこと無い、寂しい家だ」


玄関を開けて案内してくれる義勇さんの後ろを歩きながら辺りを見渡す。
相変わらず綺麗にしているんだなぁ、なんて思った時居間に置かれた私の羽織に目が行く。

綺麗に掛けられた羽織は皺も汚れも無い。


「どうかしたか」

「あ、いえ。見慣れない羽織があったもので」

「これか。この羽織の持ち主らしい狐面をつけた者を探しているだけで特に意味は無い」

「そう、ですか」


気にしなくていい、と言うと私を居間へ案内してくれた。
時間も時間だし、これから食事を作って丁度いいと言った所だろうか。
まさか私の羽織が義勇さんのお家にあるとは思っていなかったけれどここにあるのならいいかと自己完結してお台所を借りようと声を掛ける。


「冨岡さん、お台所お借りしていいですか?」

「俺も手伝う」

「……ありがとうございます」


前に竈の前で一緒にご飯を炊いたのを思い出して、義勇さんに気付かれないようそっと微笑んだ。

あの時まだお付き合いはしていなかったのに、結婚したいかしたくないかなんて話をした気がする。
懐かしい、なんて思いながらあの時と殆ど置き場所の変わっていない調理器具に目を向けて野菜を洗う。


「でしたら薪の場所が分からないので冨岡さんは火を起こしてもらってもいいですか?」

「分かった」


分からないなんて嘘。
義勇さんのお部屋も、お風呂の場所も全部覚えてる。

私にとって義勇さんと一緒に過ごしたこの屋敷はとても大切な場所だから。

薪を取りに行った義勇さんを気配で追いながら、包丁を借りて野菜を切っていく。


「懐かしいなぁ」


まさかまたこうして義勇さんのお家でご飯を作れる日が来るなんて思っていなかった。
記憶が無くなった今、私の帰る場所では無くなったけれどいつか知らないふりなんてしなくていいように頑張らなくちゃいけない。

薪を持って帰ってきた義勇さんに気付いて振り返ると何だか優しい表情を浮かべていた。


「おかえりなさい」

「……あぁ」


つい言葉に出てしまった自分の口に手を当てて急いで前を向く。
薪を取りに行ってくれただけなのにこんな事を言ってしまうなんて、勘違い甚だしい。
今の自分の立場はただの客なんだ、そう思っていると背中に体温を感じた。


「不思議だ」

「と、冨岡さん」

「まるで前から月陽が住んでいたかのように、この光景を見た事があるような感じがする」


背中から抱き締められた私はすぐ後ろから聞こえる義勇さんの声に固まってしまう。
どくどくと心臓が煩い。

そんな私を知ってか知らずか抱きしめたままの義勇さんはそのまま首筋に顔を埋める。


「や、冨岡さっ…」

「お前と居ると、安心する」


ぎゅ、と腕に力を込めた義勇さんの声が切なくて涙が出そうになる。
野菜と包丁を持っていた手を離せないまま必死に抱きしめ返したくなる衝動を堪えた。

まだ駄目だ。
陽縁の事を解決しなくては。

そう思うのに身体は義勇さんを包み込んであげたいと悲鳴を上げる。


「…すまない。不躾に触りすぎた」

「いえ…冨岡さんなら、私は」

「そう言う事を言われると勘違いする」

「っ!」


顎を引かれて義勇さんの方に向かされた私の唇がもう一つの熱と重なり合う。
その感触に驚いて、包丁を持っているのに動いてしまった瞬間指にピリッとした痛みを感じる。


「いっ…」

「、すまない」


どうやら浅く指を切ってしまったようで、それに気が付いた義勇さんが急いで包丁と野菜を取り上げ私の手を取る。

痛いは痛かったのだけれど、それどころじゃない私は驚きで義勇さんの顔を見つめ続けてしまう。
今、私は何をされたの。

義勇さんは私の指を見ると、傷口に舌を這わせ血を舐めとるとすぐに台所を出て行ってしまう。

い、いやいやいや。
今何で舐めとったんですか義勇さん。

羞恥で今更顔が熱くなった私は切った指を立てたままその場に蹲る。


「月陽、指を出せ」

「………あい」


救急箱を持って帰ってきた義勇さんに血の滲んだ指を出すと包帯で結ってくれた。
結局その後口付けの事には触れることなく食事を作り終えた私達は向かい合って座りご飯を食べる。

少し驚きはしたけれど、食事を終えた後何だかんだ普段通りになった私達は縁側に座りながら話をした。

前より一段と近くなった距離感は気になるけれど、緊張はしても嫌な訳ではない。


「月陽」

「何ですか?」

「また、こうして遊びに来てほしい」

「も、勿論です!」

「次は我慢する」


何を我慢すると言うのだろうかと思いながら、無表情ながらに嬉しそうな雰囲気の義勇さんにまぁいいかと思った。

まだ口付けの意味は問わない。
問えない。

今の私に答える術は持たないから。

それでも義勇さんが私を求めてくれるというのなら、出来る限りそれに答えたい。

ちょっとだけ触れた指先が重なり合うだけで、私は幸せだ。





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