「――おい!」
誰かが怒鳴る声が聞こえる。
それに、優しい手付きで頭を撫でてくれる感覚がある。
「月陽に触るな!」
「こ、こら禰豆子!」
「ん!」
「……だ、れ」
煩い声に目を覚ますと、目の前にはこちらをすごい形相で見ている愈史郎君と見たことある顔が二人私を見ていた。
そしてその三人の向こうには、珠世さんが目を見開いている。
「月陽っ!」
珍しく大きな声を出した珠世さんが駆け寄ってきて、私にすがり付くように抱き着いてきた。
愈史郎君も私の名前を呟きながらこちらへ歩いてきてくれている。
ふと私の頭に乗っている手に触れれば、竹を咥えた女の子が微笑みかけてくれた。
「良かった…本当に、良かった…!」
「たまよ、さん。ゆしろ、くん…」
「おっ、お前!目を覚ますのが遅いぞ!」
泣いている珠世さんの背中を擦ろうともう片方の腕を上げれば点滴が繋がれていて思うように動かない。
愈史郎君も大きな瞳に涙が浮かんでいる。
ぼーっとする頭で錆兎君達の言葉を思い出す。
縁を繋いでくれた、炭治郎、生死の境目、単語をゆっくり頭の中で繰り返しながら女の子の後ろに立って私を見て目を丸くした男の子と目が合った。
「あ、なた…あの時の、兄妹だね…」
「月陽、お水は飲めますか?」
「はい…」
すぐ側に置いてあった水差しが乾いた口の中を潤してくれる。
少し飲んで咳き込んでしまったけど、ゆっくり珠世さんが私の身体を支えながら飲ませてくれたお陰で喉の乾きがマシになった。
「すみません…珠世さん、愈史郎君。ご心配をお掛けしました」
やっとまともに声が出るようになった私は珠世さんと愈史郎君に頭を下げた。
錆兎君の言っていた事が本当だとすれば、珠世さんと愈史郎君は少なからず陽縁の血鬼術に掛からず私の事を覚えていてくれた事が嬉しくてほっとする。
珠世さんも愈史郎君も私の体温を確認するように二人で抱きしめてくれて、その時ポタリと落ちた雫が布団にシミを作った。
「あ、れ」
次から次へと落ちてくる水滴に両手で出処を調べる。
私のその仕草に珠世さんも愈史郎君も驚いてこっちを見ていた。
「月陽、お前…」
「あれ、愈史郎君。これ…何…」
「そうか、良かったな」
頬を伝うのは涙だった。
次々に落ちてくる涙を愈史郎君が柔らかく笑って私の頬を撫でてくれる。
「月陽、今はたくさん泣きなさい」
私達の様子に少年達が部屋を後にする姿を見ながら、背中を撫でてくれる珠世さんにしがみついて泣いた。
泣くなんて何年ぶりだろうか。
止まっていた期間の分も流したんじゃないかってくらい私の涙は止まるところを知らなかった。
ひとしきり泣いた私は珠世さんが渡してくれた濡れタオルで目を冷やしながら、部屋に呼んだ少年達を前に感動していた。
「お姉さんは月陽さんって言うんですね!あの時はありがとうございました」
「いいんだよ。ごめんね、何もしてあげられなくて」
「いえっ!あの時、俺達を信じてくれた事は間違いなく救いでしたから!」
「んー!」
少年は竈門炭治郎と言った。
鬼になってしまった妹は禰豆子と呼ばれ、とても人懐こい笑みを浮かべて私に甘えてくれる。
炭治郎達は私を覚えていてくれた。
もしかしたらあの時鬼殺隊に居た人達だけが私を忘れているのかもしれない。
まだ外にすら出れていないから確認のしようもないけれど。
「ねぇ、1つだけ聞いてもいいかな」
「はい!」
「錆兎って子と真菰って子達に炭治郎は会った?」
そんな事を聞けば、炭治郎は目を見開いて私を見た。
やっぱり繋いでくれたのは炭治郎なのだと、可愛らしいおでこを優しく撫でる。
私は間違いなくこの子達に救われたんだ。
「炭治郎、禰豆子。ありがとう」
「え!?そ、そんな…俺達は」
「錆兎君と真菰ちゃんがね、助けてくれたの」
だから、私と錆兎君達を繋いでくれた炭治郎達のおかげでもあるんだよと告げたら涙目になっていた。
禰豆子もきっと言葉は伝わっているだろうけど、もっと分かりやすく表現してあげたくて頭を撫でてあげると嬉しそうに笑ってくれる。
大丈夫だ、私はまだ立てる。
陽縁に負けていられない。
だって、義勇さんとの約束は私が覚えているから。
私は決意するように、小さく拳を握りしめた。
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