「貴方の気のせいです」 


やっと絞り出した言葉はこれだけだった。
悟られてしまっていても、記憶のない小芭内さんに話してはいけない。
何となくそう思った。

それでも小芭内さんは私を見つめるのをやめてくれない。


「無理矢理鬼殺隊に連れて行こうなど思っていない。事情があるなら話せばいい」

「特に何もありません」

「…俺は、お前が」

「伊黒、女子を裏路地に連れ込んで何をしている?」


何かを言いかけた小芭内さんの後ろから、聞き慣れた声がしてそちらを向くと煉獄様が立っていた。

大きく開かれた瞳は不思議そうに小芭内さんを見ていて、私と目が合うとおぉ!と声を上げる。


「何だ、蒼葉殿の所の店員ではないか!」

「…煉獄」

「ふむ、よもや伊黒がそんなに大胆だとは初めて知ったぞ」

「ばっ…俺は何もしていない!」

「ならばその強く握った手を離してやれ。赤くなって可哀想だ」


煉獄様にそう言われた小芭内さんはハッとした様子で私の赤くなった腕をすぐに離した。
何てことは無いのだけれど、煉獄様が来てくれて助かった。

苦しそうな小芭内さんをこれ以上見ていたくなかったから。


「…すまない」

「いえ、大丈夫ですよ」

「忘れ物は後日、店に伺って取りに行く」

「あ…」


小芭内さんはそう言って踵を返し表通りへ向かって歩いて行ってしまう。
煉獄様とは一言も言葉を交わさずに。

暫く人混みに消えていなくなっていく小芭内さんを見送っていると、肩を煉獄様に叩かれた。


「バレるのも時間の問題だな」

「…はい」

「暫く鬼を狩るのをやめたらどうだ?君の分は俺が動く!」

「いえ、それは出来ません。この事で姿をくらましたとなれば私だと言っているようなものですから」

「むぅ…そうか」


悩むように顎を擦る煉獄様に頷くと、小芭内さんの手の形に赤くなった腕を無意識に擦る。
きっと、夢の中の女の子は私だ。

小芭内さんも記憶が無くなってるのに私を探してくれている。
本当は話してしまいたかった。

あの様子なら信じてくれたかもしれない。
でも、私は直前になって怖くなってしまったんだ。


「…月陽、買い出しの帰りなのだろう?俺も共に帰ろう」

「え、煉獄様は何か用事あった訳ではないのですか?」

「千寿郎に甘い物でも買って帰ろうと思っていたところだ!」

「でしたら今日余りがあったと思いますので急ぎましょう!」


煉獄様が雰囲気を取り繕うように笑顔で声を掛けてくれたお陰で後ろ向きな気持ちが少しだけ消えていく。
支えられてばかりじゃ駄目だ。
私も私で前向きに頑張らなくちゃいけない。


「そう言えば最近冨岡は来ているのか」

「はい。ありがたいことに!」

「良かったな」

「…はい。今度、出掛けないかとお誘いを受けたんです」

「ほう!やはり冨岡は君を愛してやまないのだな!」


こんな事煉獄様にしか話せないから、ついつい義勇さんとの約束を口に出すと思いの外度肝を抜かれた答えが返って来て顔に熱が集まってしまう。
記憶を失ってもなお、私を求めてくれているのだろうか。

もし、そうであるならこんなに嬉しい事はない。


「愛してやまないまでは分かりませんが、それでもこうしてお誘い下さった義勇さんの言葉が凄く…凄く嬉しかったのは本当です」

「うむ!安心していい、冨岡は君でないと駄目だと遺伝子からそう作られてるんだろう」

「ふふ、大袈裟ですよ」


こうして煉獄様とお話する事なんて今まで無かったから、こんなに喋りやすい人だとは思わなかった。
煉獄様とお喋りしながら蒼葉さんのお店に帰る。

本当に、本当に私は人に恵まれている。

太陽が傾きつつある空を見上げてそう思った。


「煉獄様、千寿郎君は甘いものお好きなのですか?」

「うむ!とても幸せそうに食べるものだから俺まで腹一杯になる程だ!」

「煉獄様がお腹一杯になるなんて、本当に美味しそうに食べるのでしょうね」


いつか、千寿郎君にもお会いしてみたい。
きっと煉獄様のように素直で素敵な子なんだろう。

家族はとても大切で、心の拠り所になる。
時折寂しそうな顔になる煉獄様も千寿郎君の話題になると本当に心から嬉しそうに、そして幸せそうな表情を浮かべるから、私もつられて幸せになった気分にさせてもらえた。


「いつか私が甘味を作れるようになったら煉獄様のお宅にもお届けしますね!」

「うむ、それは楽しみだ!」


そう言ってくれた煉獄様は本当に嬉しそうな顔をしてくれた。
約束ですよ、と指切りげんまんをして尽きない話をしながら蒼葉さんのお店へ続く道を歩いた。




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