二日後、日中の営業を終えたお店を出て買い出しをする為に町を歩いていた。
そして目の前には見知らぬ男の人。
「素敵なお嬢さん、君には買い物かごなんて似合わない」
「いえ、似合うも何も買い出しですので」
「俺と高級店でお食事でもしませんか?」
「だから、買い出しだと言ってますよね?日本語理解できてます?」
私の言っている言葉が通じないのか目の前から退いてくれる気配がない。
どうしようかなと思いながら甘い睦言を聞き流していると腕を引かれた。
「…は?」
「さぁ行こう!」
「いや、行きませんって!どんだけ前向き思考なんですか!」
「おい。悪いがその女は俺のだ」
足に力を込めて男性とは反対方向に身体を引くとそっと肩を抱かれる。
伸びてきた腕の先を見れば着流しといつもの羽織に身を包んだ小芭内さんが居て目を見開く。
着流しなんて初めて見たけど、凄くかっこいい。
蜜璃さんが見たら大変な事になるんじゃないだろうか。
「なっ…」
「何か文句でもあるのか?」
「な、何でもない!」
小芭内さんの周りが輝いている様に見えた私は口を開けたまま見惚れていると、声を掛けてきた男が悔しそうにその場を去っていった。
普段ぴたりと閉じられている胸元は緩く開かれ柱ともなれば筋肉質であるのだろうと思ったけれど予想外な肉体美に心の中でそっと親指を立てる。
「…おい、いつまで呆けている」
「はっ!すいません、助かりました!」
「たまたま見かけたから声を掛けてやったまでだ」
「ふふ、ありがとうございます」
相変わらず素直じゃないななんて思いながら笑うと小芭内さんはふいとそっぽ向いてしまった。
そう言えば小芭内さんのハンカチを渡さなくてはと思い懐を漁る。
もしかしたら蒼葉さんのお家に置きっぱなしにしてしまったかもしれない。
「…さっきから何をしている?」
「あ、この前落とされていったものを渡そうと思ったのですが…すみません、洗濯して持ってくるのを忘れたみたいです」
「あれか。道理で見つからないと思っていた訳だ」
腕を組んでほっとしたような表情を浮かべた小芭内さんに私も合っていて良かったと安堵の息をついた。
着流しだと言うことは小芭内さんは休日なのだろうか。
だったらお手数かもしれないけれど取りに来てもらったほうがいいのかもしれない。
そう思った私は、こっちを見ている小芭内さんに提案してみた。
「あの、今お時間ありますか?」
「あぁ」
「でしたら家に来ませんか?」
「……は?」
「忘れ物を取りにって事ですからね」
私の提案に目を剥いた小芭内さんへしっかりと伝えておく。
また2年前のようなお説教は勘弁してほしい。
意図が伝わったのか落ち着いた様子の小芭内さんは分かったと言って私の後ろについてきた。
「おい」
「何でしょう」
「どうして鬼殺隊に入らない」
「……剣道をしていたからですか?」
「狐の君とやらはお前だろう。何だ、俺の屋敷に来たと言う嘘は」
人通りが減る裏路地へ入ると腕を引かれ小芭内さんのきれいな両目が私を捉える。
どうしても白状させたいのか、私の腕を離すつもりがなさそうな小芭内さんの目を見つめ返す。
「言ってる意味が分からないのですが」
「そうまでしてやり遂げねばならない事でもあるのか?」
「…どうして私がその狐の君とやらだと思うのですか?それを先に聞かせていただきたいです」
質問を質問で返せば眉間にシワを寄せた小芭内さんに内心苦笑を漏らしながらも困った様に首を傾げてみた。
捕らえられて鬼殺隊に連れて行かれると言うのならば私はどこまでもシラを切るつもりでいる。
「一緒だ。夢の中で見るお前のような女と、狐の君と呼ばれるお前の使う呼吸も、そして髪につけた簪も」
「夢?」
私が答えるつもりがないと察したのか、掴んでいる腕を見つめながらぼんやりとした様子で小芭内さんが語り出した。
「夢の中での女はお前よりもう少し髪が短い。それでも底抜けに明るく、まるで春の陽気のように笑う女はお前とそっくりだ」
「…ちょ、なんて恥ずかしい台詞言ってるんですか」
「夢の中の女を見ると、何故か心が痛む。馬鹿な奴程可愛いのか何だか知らんが、俺はその女を見るとどうしても手を差し伸べてやりたくて仕方がなくなる」
「………っ」
「なのに目が覚めそうな時になると、その女は俺の前からどんどん遠ざかって行く。哀しそうな目をしながら、泣きそうな顔で」
小芭内さんはそこで話を区切ると、いつの間にか俯いていた私の頬を撫でながら顔を上げさせた。
どこか戸惑いが混じったその表情は今まで見たことない程に歪んでいる。
「お前が狐の君とやらで無くてもいい。だが、夢の中の女がお前なのであれば…俺は、お前にずっと会いたかった」
「た、たかが夢かもしれませんよ?」
「俺とて最初はそう思った。お前をこの目で見るまでは」
再び掴まれた腕を強く握った小芭内さんは頬を撫でた方の手でそっと私の目の下をなぞった。
「教えてくれ、お前は何者なんだ」
どこか縋るような声で、私を見つめた小芭内さんに吐き出してしまいそうになりながら口を結んだ。
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