夜、義勇さんと寝ていた私は誰かに呼ばれる声で目を覚した。
辺りを見渡せばこの屋敷に誰かが居る様子もない。

何処かで聞いたような幼い子どもの声。
寝間着の上に羽織を着て、日輪刀を片手に持ちながら屋敷の外へ出るとそこには般若の面を被った少女が立っていた。


「私の事、分かったぁ?」

「何の話?」

「あーぁ、やっぱり忘れちゃったんだネ」


わざとらしい素振りで残念、と言った少女が頭を振る。
知らない筈なのに、私はこの子を知っているような気もして何だか気持ち悪い感覚だ。

日輪刀を構え相手の出方を伺おうと少女を睨む。
この子は人じゃない。


「酷いよネ。ちゃぁんと調べておきなって、お姉ちゃん言っといたのに。駄目な子ね?」

「お、姉ちゃん…」

「まぁでも仕方ないか!私が月陽の記憶食べちゃったからァ」

 
お面をずらした少女は凶悪な顔を浮かべながら舌なめずりをした。
黒地に勿忘草の着物をひらめかせ、その場から一瞬で消えると刀を構えた私の背後に姿を現す。


「アンタには私と同じ目に合わせてあげるヨ」

「っ!」


瞬時に身を翻し斬りつけようとした攻撃を軽々と避けると、回し蹴りを食らってそのまま吹き飛んだ私を追い掛け拳を鳩尾に入れられた。
衝撃を直に食らってしまった私は口から血を吐き受け身も取れず屋敷の塀へ背中を打ち付ける。


「っ、がはっ!」

「あはは、お姉ちゃんからのお仕置きだヨ」

「くっ…」

「これからアンタは最愛の人に欠片も残さず忘れられる。両親に捨てられて、愛されもしなかった私の痛みを知れ!!」


髪の毛を掴んで叫んだ陽縁は紅い瞳に涙を溜めていた。
鼓膜を刺激する甲高い声に眉を寄せながら、首から下げられた飾りを目にすると私と揃いのような太陽の首飾りが下げられている。


「絶望して死ね」

「あ"ぁっ!」


地を這うような恨みの声に喋る事も出来ないまま蹴飛ばされ再び転がった私へ手を伸ばした陽縁は、何かしらの血鬼術を使って般若の面を再び自分の顔へ戻した。

身体が地面に飲み込まれる感覚と、抵抗を許さないと言わんばかりに血の沼の様な所から手が伸ばされ腕も口も封じられる。


「嫌いヨ。大嫌い。アンタばっかり愛されて…やっとあいつらが死んだと思ったら鬼殺隊にまで手を出して…本当に私の妹は媚び売りが上手ネ」

「ん"んっ!」

「何言ってるか聞こえないヨ?安心して、アンタのだぁーい好きな冨岡って奴の事は殺さないから」


くすくすと笑い声をあげる陽縁が既にどんな顔をしているのか私に確認する術は無かった。
沼から這い出た手によって視覚さえも奪われていたから。

まとわりつくようなそれに強く身体を引っ張られた私は気を失った。


そして今に至る。


「陽縁…!早く、早く皆の元に行かなきゃ!」

「待って」


全てを思い出した私が立ち上がると、再び真菰ちゃんが女の子とは思えない力で腕を掴んだ。
驚いて振り向けば悲しそうに眉を下げて私を見ている。


「離して、真菰ちゃん!早く義勇さんの元に行かなきゃ…」

「もう遅い」

「…遅い?」

「月陽さん。ここは貴女の夢の中だ」


悲しそうに俯いてしまった真菰ちゃんの後ろに立っている錆兎君が私に告げる。
ここは、夢?
確かに現実的に考えると私がこうして錆兎君や真菰ちゃんに触れている事自体おかしな話だ。

力の抜けた私の腕を強く握っていた真菰ちゃんの手が離される。


「もうきっと、陽縁が動いて記憶を食らってしまった後だろう」

「そん、な…」

「月陽さん、貴女も生死を彷徨ってるんだよ。だから私達がこうして干渉することが出来たの」


可愛らしい笑顔を消した真菰ちゃんは眉を下げて私の頭を背伸びして撫でた。
その手つきは確かに優しいものなのに、体温のないそれが生者の手ではない事が伝わる。


「生きて。月陽さん」

「貴女の笑顔は人の心を癒やす。どうか、義勇を頼む」

「記憶が無くとも貴女を失ってしまえば今度こそ義勇が壊れちゃうよ」

「お願いだ」

「錆兎君、真菰ちゃん…」
 

今にも泣きそうな二人に心が苦しくなった。
鼻の奥がツンとして、顔にひと粒の涙が筋を作る。

本当は生きていたかっただろうに。
きっとこの子達が生きていたなら、今の鬼殺隊はより一層強いものになっていたかもしれない。
それでも、時を巻いて戻す術はない。

だったら、私がこの子達の想いを背負っていかなくては。


「縁を繋いでくれた炭治郎にも礼を言わなくちゃな」

「炭治郎?」

「月陽さんと義勇が繋いでくれた私達の弟弟子だよ」

「あいつは強くなる。どうかあいつの力にもなってやってくれ。頼んでばかりですまないな」


申し訳無さそうにした錆兎君や真菰ちゃんにそんな事はないと言おうとした瞬間、急速に身体を引き寄せられる感覚に襲われ二人から距離がどんどん遠くなっていく。


「錆兎君、真菰ちゃん!」

「行ってらっしゃい、月陽さん」

「俺達はずっと見守っている」


手を振った二人に何か言葉を掛けることもなく、私の視界は真っ暗になった。





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