「……いえ、お会いするのは初めてかと」


俺が言った事を伊黒も同じ様に言葉を発したのにも驚いたが、月陽が返事をした時の顔を見て何故か心が傷んだ。
まただ。
こうやってたまに悲しそうに笑う姿をたまに見かける。


「私は、最近この町に来て蒼葉さんのお店で働くようになりましたので」

「ならお前は何故刀を握っている人間の手をしている」

「えっ!?」


腕から手を滑るように移動させた伊黒が、月陽の手のひらを開かせるとそこには僅かではあるが豆が出来ていた。

俺も甘露寺もその手を見ればどういう豆かは理解出来る。

月陽が、何故刀を。


「私、護身術として剣道を習っていたんです。武術も少し。なので蒼葉さんのお店で何かあった時の力になれるよう毎日鍛錬しているので、そのせいかと思いますよ」

「…竹刀で出来たと言うのか」

「えぇ。鬼殺隊の皆様のように上手く扱うことは出来ないのでお恥ずかいですが」


困った様に笑った月陽に伊黒はまじまじとその表情を伺うと、そっと手を離した。


「引き止めてすまなかったな」

「いえ、それでは」


意外にもすんなりと追求をやめた伊黒に隣に座った甘露寺が息を吐く。
確かに酔っ払いに蹴りをくれた時の姿勢は良くできたものだった。

そうして前に酔っ払いを退治していた月陽を見ていた俺は一人心の中で納得してまた箸を進める。


「でもびっくりしたわ、伊黒さんから女性に話し掛けるなんて」

「すまない甘露寺。別に下心と言うわけではないのだが、やはり何処かで見た事があるような気がしてな」

「そうなのね。伊黒さんは記憶力もいいなんて素敵だわ!」

「そ、そうか」


相変わらずのやり取りに気付かれぬよう息を吐けば、隠れるようにして置いてあった団子に目が行く。
形は少し歪ではあるが、月陽が必死で捏ねて作ったと言われると可愛く思える。

草団子と言うから中に餡子が入っているのだろう。


「あ、でもあの子は駄目よ!なんて言ったって冨岡さんの春なんですもの」

「春?」

「…確か胡蝶もそんな事を言っていた。春とはどういう意味なんだ?」

「無自覚な冨岡さんも素敵!でもそれは自分で気付いたほうがいいと思うの」


気になった単語につい突っ込むと甘露寺は頬を染めながら柔らかく笑った。
月陽とはまた違う笑顔だが、心はいつも通り凪いだまま。

その違いが何なのかは分からない。
何か言いたげな伊黒の視線を無視しながら、厨房で蒼葉殿と忙しそうに調理をする月陽を眺める。


「…おい、貴様甘露寺を無視するとは良い度胸だな」

「そんなつもりはない」

「冷めた冨岡さんも、優しくしてネチネチした伊黒さんも二人とも素敵よ!」

「そういう訳ではなくてだな、甘露寺よ」


甘露寺が間に座ってくれて助かったと思う。
食べすすめていた食事も終わり、可愛らしい歪んだ草団子を一口頬張ると優しい甘さが口の中に広がった。
所々餅が厚い所はあったが、味は美味い。

無言で咀嚼しながら団子を味わっていると、両手の盆一杯に食事を積んだ月陽が現れる。


「おまたせしました!」

「きゃー!美味しそう!」

「ふふ、蒼葉さんのご飯はとっても美味しいですよ」

「ありがとう!」


運ばれた食事を見て嬉しそうにする甘露寺へ月陽が笑顔で全ての食事を運んでいく。
あの食事の量を引きもせず運ぶなんて珍しいが、ここには鬼殺隊も良く来ると言う。

きっと噂話でも聞いたのだろうと自己解決しながらもう一つ歪んだ草団子を口に運んだ。


「どうぞこちらを」

「…うずらの卵?」

「はい。宜しければ」


小さな醤油皿に乗った卵を伊黒の前に差し出し、そっと鏑丸の顎を撫でる。
元々人懐こい蛇ではあるが、臆することなく蛇に触れる女とは珍しい。

鏑丸も嫌がらず月陽の指先を気持ち良さそうに受け入れている。


「怖くないのか」

「いいえ。とてもおりこうな子に見えたので」

「そうなの!鏑丸君たらとってもいい子なのよ」


撫でてくれたお詫びなのか、鏑丸が月陽に遠慮がちに擦り寄るとそれを嬉しそうに笑いながら受け入れている。
その姿を見てチクリと心臓に痛みが走った。


「あ、そうだ。冨岡さん、どうでしたか?」

「………美味い」

「わ、嬉しい!その鮭大根も最近は私が作らせて貰ってるんです」

「そう、なのか」

「はい」


ちくりと傷んだ心はどこへ行ったのか、自分に向けられた笑顔を見ると一気にどうでも良くなった。
鮭大根も味が変わったのは作り手が変わったからだったのか。


「…蒼葉殿の鮭大根も美味いが、お前の鮭大根が一番口に合う」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

「あぁ」


口に合うなんて言い方は失礼じゃなかっただろうかと今更になって気付いたが、目の前の月陽は盆を抱き締めて頬を染めながら笑ってくれた。

やめてくれ、勘違いしそうになる。
そんなことを思った自分に思わず首を傾げれば、月陽はまた一礼して厨房へ引っ込んで行った。



Next.





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