「それで、冨岡には会ったのだろう」
「えぇ。おかわりなさそうで色々と安心しましたけど、同時に不安にもなりました」
「それほど、冨岡にとって君がかけがえのない存在だったと言う事だ」
「…それは、ありがたいですけれど」
再び面をつける為に紐を結う私の手元を見ながら煉獄様が笑う。
その言葉は嬉しいけれど、あの人ももう大人だしいい加減私抜きでも上手くやってもらいたいと言うのも本音だ。
「愛されているな、冨岡は」
「んなっ」
「まるで母のようだった顔が今では見惚れるくらい女の顔をしている」
「…お、女の顔」
「羨ましいものだな。俺は色恋など向いてはいないが、いつか…いつか父と母の様に想い合えるような存在と出会いたい」
ふと煉獄様から飛び出した恋愛話しに思わず驚いてしまった。
前に話した事がなかったから余計なのか、結婚の事を考えていたなんて思いもしなかった…と言えば失礼なのかもしれないけれど。
「いつか、煉獄様も見つかるといいですね」
「うむ。しかし先に鬼を滅するのが先かもしれんな!」
「私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
「あぁ…頼んだぞ」
わしわしと私の頭を撫でる煉獄様は、ふと動かしていた手を止め首を傾げた。
「ところで君は何処で働いている?」
「え、あ…昼は団子屋で夜は居酒屋の所なんですが、鬼殺隊の方々に限りいつでも食事を出してて」
「蒼葉殿の所か!」
「ご存知なのですか?」
「あぁ!蒼葉殿の飯は美味い!」
拳を握りながらそう言った煉獄様に確かにと私も頷く。
蒼葉さんのご飯はとても美味しい。
数回居酒屋の方を手伝ったが、お客が多くとても賑わっていた。
「鬼の情報も気になるだろう。君に手伝って貰えれば隊員も助かる。食べに行った時には酌でもしてくれないか?」
「お酒を嗜むんですね。情報をくださるならいくらでも」
「ははは!冨岡といた時にはこんな事してもらえないだろうからな、楽しみにしている!」
煉獄様はとても嬉しそうに笑い声を上げると、ゆっくり立ち上がり羽織をはためかせる。
そろそろ行くのだろう。
煉獄様が居るのならあの町に残してきた隊員もきっと大丈夫だと判断して、私も帰ろうと立ち上がった。
「また近いうちに顔を出しに行く。それまで無理はしないようにな、月柱」
「月柱なんて…」
「記憶を取り戻した俺の中で月陽、君は立派な月柱だ。頼りにしている」
「……はい、ありがとうございます」
月柱、なんて何だか擽ったくて俯きながら微笑めば煉獄様も笑い返してくれた。
笑顔のとても似合う人だと思う。
「では俺は行く。君も行くのだろう」
「はい。どこかで休んだら帰ろうと思ってます」
「うむ!あの街のことは俺に任せてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
「あぁ、またな」
付けられるようになった面でもう一度顔を覆うと手を振る煉獄様に一礼してその場を後にした。
鬼殺隊の、しかも煉獄様が私の記憶を取り戻してくれた。
その事実に心が踊る。
どんなに強がっていても、やはり私を私として認識してくれる人がいると言うのはとても嬉しい。
やはり義勇さんと会ったからついていたのかもしれない。
「義勇さん、また蒼葉さんのお店に来てくれるかな」
本当は会わないほうがいい事なんて分かってる。
でもやっぱり顔だけでも見たいんだ。
関係が変わったって、義勇さんがもう私を好きだと思ってくれていなくても、私は彼を愛しているから。
顔だけでも見れるだけで、それだけでいい。
「そう言えば、義勇さん鮭大根食べてくれたかな」
蒼葉さんのお店で作ってすぐ出てしまったから食べている所は見ていない。
久し振りに作ったから不安だけど、義勇さんの好きな味は覚えてる。
義勇さんに触れられた腕に触ると心が暖かくなった気がした。
「かー君!」
「町ニ案内スル」
「うん、よろしくね!」
また煉獄様にお会い出来るのも楽しみだ。
かー君を呼べば私の肩にとまって違う町へと案内してもらう。
町へ着く前に着物に着替えてご飯を食べたら一休みして蒼葉さんの元へ戻らなきゃ。
鬼殺隊の人達が来る蒼葉さんのお店ならきっと情報も得られるだろう。
バレない程度にお手伝いしつつ、鬼を滅殺する。
その内、行けていない両親のお墓参りにも行かなくちゃ。
私は木の枝に飛び移り、夜の森を駆け抜けた。
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