蒼葉さんの所で働かせてもらって数日。
色々接客や食事の手伝いも慣れてきた頃、私は買い出しから帰った後酔っ払いに絡まれていた。


「ねぇちゃん、酒だ。酒よこせ」

「ここ昼間はお酒出さないんです。先程蒼葉さんが言ったようにさっきのもので最後ですよ」

「あぁ?」


たった数日で分かったけど、接客と言うものはとても難しい。
酒臭過ぎてせっかく貼り付けた笑みが剥がれてしまいそう。
目の前の男は私じゃ話が通じないと思ったのか蒼葉さんに声を掛けた。


「おーい!姉ちゃん酒くれや!」

「お客様、飲み過ぎですよ」

「アァ?」


こういう輩の対応も請け負っていた私はそろそろ叩き出そうかと最後の通告をする為に剥れかけた笑顔を再び貼り付けて、蒼葉さんへ向けた視線を身体で遮った。


「これ以上は身体に毒です。もうやめときま、っ」


お猪口を取り上げようと手を伸ばした瞬間、思い切り突き飛ばされたのを少しばかりいなしたけれど机の角に腰を打ち付けてしまった。

ちょうど骨のところに当たって痛いなんて思っていたら蒼葉さん以外にもう一人、余りにも早い再会に目を見開く。


「…おい」


そう言って私達の間に入ったのは那田蜘蛛山で会ったばかりの義勇さんだった。
どうしてここに、とか色々な考えが浮かぶけれど兎に角義勇さんを止めようと恐る恐る羽織の裾を掴みながら私の方へ引っ張る。

あの時よりも今近い距離に義勇さんを感じて、懐かしい匂いが鼻を掠め思わず涙が浮かんでしまった。

義勇さんが愛しいと、心が叫んで仕方がない。


「女に手を出すとは男の風上にも置けん」


ふと義勇さんらしかぬ台詞に私は目を瞬きさせた。
けれど、酔っ払いの男はそれが引き金になったらしく蒼葉さんのお店の大切な椅子を武器にしようと振り上げた所で堪忍袋の緒が切れた。

義勇さんが受け止めてくれる事も分かっていたけれど、お店の机や椅子は全て団子屋を営みたいと言った蒼葉さんに旦那さんが心を込めて作ったものだと聞いたからだ。

椅子を受け止められ動けない男へ向かって腹を蹴飛ばす。
これくらいなら怪我もしないし、女性の脚力でも違和感がないだろうくらいには手加減をしてやったと思う。


「手を出す事は許さない」


蒼葉さんのお店の全て、そして義勇さんにも。
私は右手を男の前に出しながら威嚇するように足を踏み出す。


「お金、お支払い下さったら見逃します」

「…わ、分かった!」


お金を投げるように渡した男は痛むのであろう腹を抱えながら店の外へと逃げて行った。
そして私は義勇さんを見る事なくこっそり厨房へ逃げようと試みる。

けれど、義勇さんから二度も上手く逃げられる訳もなく手を掴まれてしまった。


「……お、お客様。お騒がせして大変申し訳ありませんでした」

「どこか出会ったことは無いか」


えぇ、そりゃばっちり数日前に。なんて答えられる訳もなく接客用の笑顔を貼り付けたまま首を傾げた。


「いいえ、初めましてかと」

「…そうか、すまない」


私の言葉に少しだけ肩を落とした義勇さんに眉が下がった。
この程度の嘘、記憶が無くなる前だったら見透かされていたんだろう。


「もしかしたら」

「?」

「買い出しの途中でたまたま見掛けたのかもしれませんね」


私、騒がしいですからと頭を掻くフリをして付けっぱなしになっていた簪をそっと襟に隠す。
今日はお店の手伝いをする為に違う結び方をしていて良かったと胸を撫で下ろした。

髪型と素行さえ気を付けていれば義勇さんなら気付かないような気がしたのだ。


「………時間を取らせた」

「いえいえ。ではお食事お持ち致しますので少々お待ち下さいね」


そう言えば無言で頷いた義勇さんに笑みを浮かべ、今度こそ厨房へと下がった。
ドキドキと鼓動が煩いし、触れられた手がとても熱い。

確かに本部と近い所ではあると思ったけれど、まさかこんなに早く義勇さんに会えるなんて嬉しくもあり悲しくもある誤算だ。


「月陽ちゃん、大丈夫だったかい?すまないね、鬼殺隊の人が来てるって早く知らせたら良かった」

「いえいえ、気にしないで下さい。私からお手伝いを申し出たのですから」

「…あの人、知り合いなんだね」

「え?そう見えましたか?」


しらを切った私に気がついたのか、蒼葉さんは悲しそうに笑うと気のせいだったかもしれないと言って食事の準備をし始める。
話せないと言う事はとても辛い。
蒼葉さんにあんな顔をさせたくはないと思ってはいても、陽縁に巻き込まれてしまう可能性を考えるとやはり理由は話せなかった。


「あ、蒼葉さん」

「どうした?」

「鮭大根、良ければ私に作らせてもらえませんか?」


そう願い出でれば蒼葉さんは目をぱちくりと瞬きさせると、大根を切っていた手を止め包丁をまな板の上へ置いた。


「勿論だよ。さっきの礼を含めて作っておあげ」

「ありがとうございます」


蒼葉さんは本当に察しのいい人だ。
私は蒼葉さんと交代してまな板の前に立つと、義勇さんが一番好きだと言ってくれた鮭大根を作る。

今私に出来ることを義勇さんにしてあげたい。
静かに背筋を伸ばして食事を待っていた義勇さんを懐かしく思いながら心を込めた。





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