「お風呂ありがとうございました」
「いいのよ」
居間らしき場所へ向かうと、何かを作っている女性へ声を掛けた。
忙しそうだけれど、きちんと自分の名前くらい名乗らなければと台所へ身体を滑り込ませ頭を下げる。
「名乗るのが遅れ申し訳ありません。永恋月陽と申します」
「あたしは蒼葉(そよ)だよ。月陽は、もしかして鬼殺隊なのかい?」
「…いえ、今は」
「何やら事情があるんだね」
動かしていた右手を止めると私へ振り返って寂しそうに蒼葉さんは笑った。
理由は言えない。仮に蒼葉さんが鬼殺隊に何らかの関わりがあったとしても、巻き込むわけにはいかないんだ。
「蒼葉さんは鬼殺隊を知っているのですか?」
「昔助けてもらったからね」
「なるほど」
蒼葉さんは私の問に答えながら、そばに置いてあったおにぎりと味噌汁を二人分お盆に乗せて居間へ向かう。
私はその後ろへついて行きながら、座りなよと言った蒼葉さんに従い向かい側へ腰を下ろした。
「どんな理由で男の子の格好して、顔を隠してるのかは聞かない。さ、食べよう」
「…頂いてばかりですみません」
「いいんだよ。もうここにはあたし以外帰ってくる家族は居ないからね」
居間に飾られた小さな仏壇を見ると、旦那さんや蒼葉さんのお父さんやお母さんらしき名前が三つ並んでいる。
「助けてくれた鬼殺隊士は旦那だったんだ。その人と結婚してすぐに鬼にやられて死んじまったけどね」
「そう…ですか。でもとても立派な人だと思います」
「鬼殺隊の人に言われたなら家の旦那も報われるってもんだね」
重くなった空気を払拭するように明るい笑顔を浮かべた蒼葉さんは心から笑っていた。
とても強い人なんだって、何だか私も励まされる。
「さ、冷めない内に食べよう!明日はあたしもここを出るつもりだから」
「そうなんですか?」
「今は一人で団子屋と夜は酒屋をやってるからね。いつまでも開けっ放しにしたら常連客が逃げちまう」
その言葉に蒼葉さんを見ると、カサついたあかぎれだらけの手が見えた。
仕事を頑張る人の手。
かっこいいと思ったと同時に私は持っていたおにぎりを置いて蒼葉さんを見つめて口が勝手に動いた。
「蒼葉さん、その…たまにでよければ、私に手伝わせてくれませんか」
「…いいのかい?」
「日中でしたらお手伝いくらい出来るかと」
そう微笑んだら泣きそうな顔をして蒼葉さんが笑ってくれた。
年老いてはいないにしろ、きっと一人でやるには大変だろう。
鬼殺の合間にこうして人と触れあえば情報も集まるし、何より事情も話さない私をこんなに暖かく迎えてくれた蒼葉さんの力になりたかった。
「ありがとう。とっても助かるよ」
「いえ、お力になれるかは分かりませんが…何分刀しか握ってこなかったもので」
「運んでくれるだけでありがたいさ!ただし、給料は貰っておくれよ」
「え!?そんな、悪いです!」
「なら手伝わせない!」
「えぇっ!」
そんなやり取りをしながら美味しい蒼葉さんのご飯を頂いて、気が付いたら空は少し明るんで来た。
話している中、どうせなら一緒に蒼葉さんがお店を営む所へ向かおうと言ってくれたので私はお言葉に甘えさせてもらう。
解したとはいえ、2年も眠っていた身体は疲れを訴えていたのでとても助かる。
また恩を受けてしまったなと思いながら、お日様の香りがする布団に横になった。
目を閉じると私へ手を伸ばした義勇さんの姿が思い浮かぶ。
―――お前は、何者だ。
「…元気、そうだったな」
声も、何考えているか分からない顔も。
あぁでも少し身長が伸びてたかもしれない。
前はもっと顔が近かった気がする。
じわ、と視界が歪んで目を腕で覆う。
「涙が出るようになった途端、私…泣いてばっかりだ」
ポツリと呟いて、目を閉じる。
目が覚めた次の日、私は蒼葉さんと共に家を出た。
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