※煉獄杏寿郎
優しく、強く、柔和な彼女は初めて会った時にとても良い印象を得たのを覚えている。
厄除の面を外した月陽に今までどこにしまっていたのか全ての記憶が溢れだした。
狐どんとして、鬼殺隊を陰ながら支え続け一人耐え忍んだ精神力は並のものではないだろう。
俺が記憶を取り戻したと言った時の笑みはきっと忘れない。
「煉獄様!」
「うむ、来たぞ!」
手を振りこちらへ近寄ってくる月陽は厄除の面をつけていない。
何故ならば今は昼、彼女は甘味処の店員として働いているからだ。
前は余り話す機会など無かったが、記憶を取り戻してからというものよく文のやり取りをするようになった。
「今日の仕事は何時までだ?少し話そう!」
「もうすぐで終わりますよ」
「そうか!なら団子を食べて待とうと思う」
「分かりました」
戦友や、仲間なら居る。
だが鬼殺隊に属さない形で月陽と接していると、同い年の友とはこういう感じなのだろうかと胸が高揚した。
彼女とは年も同じ。
俺の話も良く聞いてくれるし、月陽も自分の話をしてくれる。
(…あぁ、いいな)
今まで生きてきて、鍛錬ばかりの日々だったしそれを嫌とは思わなかったがこうしてなんの取り留めもない話をする時間がこんなに楽しいものだとは。
「月陽、辛くはないか?君の実力は我々も認めている。だが中身は女の子だ。甘露寺のように素直に甘える性格でもないから、もし俺が力になれるのならば力になりたい!」
「うーん、辛くないって言ったら嘘になりますけど…でもこうして周りには私を思ってくれる人が居るので!だから、煉獄様とお話するこの時間も私にとって凄く力になります」
「……君は、強いな」
冨岡を今でも一途に想い、本当なら俺といるこの時間も共に居られるはずなのに記憶が無いからと愛し合った者と一線を置いて接すると言うのはどれ程辛いものか。
恋仲などいた事がない俺にはおおよそ想像もつかない。
「そんなこと無いですよー!私、よく泣きますし」
「なにっ!」
「でもその度に煉獄様とか、蒼葉さんとか、周りの人達が手を取って前を向かせてくれるんです」
あぁ、冨岡。
早く彼女を思い出してくれないか。
少しだけ寂しそうな顔をした月陽の頭を撫でて今を支える事は出来ても、共に寄り添ってその悲しみを終わりにしてやれるのはお前しか居ないんだ。
だが伊黒や時透が惚れる理由も分かる。
寄り添い笑い合うのが己であればと思ってしまう程月陽は強いと同時に儚い。
「俺は…俺は月陽の味方だ!」
「わっ!?」
「どんな時も!君が寂しい時は話を聞こう!君が泣いてしまう時も側に居よう!俺は、俺に出来ることを月陽にしたい!!」
友とは難しいものだ。
時に恋仲より力を発揮する時はあれど、やはり心も身体も寄り添う事は難しい。
まして俺は鬼殺隊の柱であり、彼女だけに使える時間は少ない。
突然大声を出した俺に驚いた月陽が後ろに転げたのが見えてすまないと手を伸ばす。
「…えへへ、ありがとうございます」
「当たり前の事だ!」
「じゃあまた、こうしておしゃべりして欲しいです。煉獄様にはいつも元気を貰ってて、でも柱で忙しいから大丈夫な時でいいのですが…」
「大丈夫だ、月陽。俺は君が笑うと力になる!」
大丈夫だ。
君が悲しい時はすぐ側に駆け付けるよ。
冨岡の記憶が戻っても、戻らない間も心は共に居る。
泣きそうな月陽に笑いかけるともう少し声量小さくてもいいですよ、と彼女らしい言葉が聞ける。
「俺だけでは無い。伊黒も、時透も、全員が君の幸せを望んでいる」
「はい…わたし、頑張ります!」
小さく拳を握った月陽の頬を撫でる。
と、前にそんなやり取りをした事を思い出した。
「俺は俺の責務を全うする!!」
すまないが、俺が生きて君の幸せを見届けてやる事は出来なさそうだ。
晴れた空を背景に涙ぐむ月陽に微笑みかける。
「杏寿郎さん」
だが大丈夫。
大丈夫だ。
心を燃やせ。
俺も、きっと君の両親もその炎を燃やし続けられるよう傍らで見守っているぞ。
大切な俺の友よ。
負けるな。
挫けるな。
前へ進め。
君達なら出来る。
end.
煉獄さんサイドストーリー。
自分で書いてて自分で泣くという裏話。
彼の言葉には人の心に火を灯す力がある。
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