※時透無一郎サイド
ころん、口の中で飴玉が転がる。
甘い味が口内に広がって、あの日を思い出す。
「月陽」
「あー、無一郎だ!」
たまたま近くを通ったから冨岡さんの家に行けば庭先で洗濯物を干す月陽が居た。
陽縁っていう鬼の血鬼術で月陽の記憶を無くしていた冨岡さんは最後の最後で思い出したらしい。
鬼と決着をつけた月陽を迎えに行って、すぐに二人は結婚した。
「近くに来たから寄ってみたんだ」
「嬉しい!疲れたでしょ、中に入って!」
「うん。でも冨岡さんは?」
「義勇さんは出掛けてるよ」
「そっか」
なら良いかなってお言葉に甘えて家へお邪魔する。
綺麗に片付けられた部屋に通されて、お茶とお菓子を持ってきてくれると言った月陽を待っていると二人の名前が書かれた紙が目に入った。
相変わらずだなって思ってるとご機嫌な月陽が帰ってきて近くに座る。
人妻がいくら僕とはいえこんなに近いのはどうなの?
嬉しいから言わないけどね。
「これ、無一郎に渡そうと思ってたの」
「なに?」
「えへへ、飴ちゃーん!何かね、おまけもしてくれたって言ってたよ」
箱から出された飴には見覚えがあった。
自然とあの時を思い出して頬が緩む。
初めて会った時に月陽がくれた飴玉。
ただ転んだだけの僕を助けてくれて、手当してくれた優しい月陽に初めて恋というものを知った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
あの日から今日まで月陽は何一つ変わらない。
優しくて、暖かくて。
飴を受け取った僕に嬉しそうに笑うんだ。
甘える様に肩に顔を寄せればよしよしと頭を撫でてくれる。
「石鹸のいい匂いがする」
「さっきまで奮闘してたからね!」
「凄く、落ち着く」
深呼吸をして月陽の優しい香りを肺いっぱいにすると幸せな気持ちになる。
これは僕だから許されることであって、伊黒さんがやったら犯罪だよね。
可愛い可愛いと僕の頭を撫でる月陽にバレないように口角を上げた。
「ねぇねぇ、無一郎」
「…ん、」
「あはは、引っ掛かったー!」
「もう、子どもじゃないんだから」
呼ばれたから顔を上げたら月陽の人差し指がほっぺたに突き刺さって思わずどっちが年下か分からなくなる。
こんな風に接してるのは僕だけだ。
炭治郎と他の奴らにも優しくしながらきちんと柱としての態度で接してる。
唯一無二の男では無いけど、冨岡さんにも見せない月陽を見てると思うとちょっと優越感に浸れた。
あの人は僕よりもっと違う月陽を見てるだろうけど。
「無一郎、手出して」
「またいたずら?」
「違うよー!あかぎれになってるからさ」
刀を握っているだけあって月陽の手の皮は普通の人に比べたら硬いけど、それでも僕達からしたら柔らかい。
強さとかそういうんじゃなくて、やっぱりそこに男と女の身体の作りが出てるのかなって思う。
僕の手に優しく薬を塗ってくれる月陽の伏せられた目に胸がぎゅってする。
甘露寺さんの様に激しいものじゃないけど、きっと同じくらい好きって気持ちは大きい。
こんな人が身近に居たら他の子だって霞んじゃうよ。
「よし、出来た」
「ありがと」
「どういたしまして」
他の子なら無駄な事しなくていいって言うけど、月陽がしてくれるなら何だって嬉しい。
僕も何か与えられる人間だったら、月陽はもう少し男としてみてくれたかな。
お返しにと今度は僕が薬を塗ってあげる。
「ねぇ、月陽」
「なーに?」
「好きだよ」
「…ぐっ、顔がいい…!ありがとう、ありがとうー!」
「…うん」
そのまま手を引っ張って腕の中に収めて伝えてもきっと本当の意味なんて届いてないんだろうな。
ちょっとだけ顔の赤くなった月陽に微笑んで立ち上がる。
そろそろ行かなきゃ。
「それじゃ、そろそろ行くよ。あんまり長居して冨岡さんに怒られるの嫌だし」
「そっか、寂しいな」
「また遊びに来るよ」
「うん、私も行くね!気をつけて帰るんだよ」
玄関まで見送ってくれた月陽に手を振って、少し行った所で立ち止まる。
脇に抱えた箱に手を突っ込んで適当に飴を取って口に入れながらぽつぽつと濡る地面を見つめた。
口の中に広がると思っていた甘い味は、とても苦くて眉を寄せる。
「…っ、…苦いよ、月陽…」
苦すぎて涙が出てきちゃったじゃないか。
肩に止まった相棒が心配そうに顔を覗き込んでくるけど、残念ながら涙は止まりそうにない。
僕の初恋は、月陽。
多分これまでもこれからもこの気持ちが無くなることなんか無い。
鬼が居なくなった世界で、大好きな月陽がどうか幸せになりますように。
それまでには、この苦い飴も舐められるようになるから。
大好きだよ、月陽。
end.
時透無一郎サイドストーリー。
むいくんは番外編を望む声が多く、愛されてるなとその度に思っていたのですがなかなか書く機会が無く今回こうして気持ちを吐露する場所を用意できて私個人も満足出来ました。
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