※不死川実弥
飯を食った帰りに珍しい後ろ姿を見かけた。
「…何だァ?」
町中だと言うのに全速力で駆ける冨岡ン所の女。
名前は確か、
「あー…永恋、だっけか」
柱合会議で会って以来久し振りに見たな。
あいつの印象は悪くない。
俺らを前に意見は言えるし、あの上弦の鬼と出会して戦ったと聞いた。
生憎その頸を刎ねることは出来なかったらしいが逃げ帰る訳でもなくしっかり一撃食らわした辺りが悪くねぇ。
アホみてぇな自己紹介だったがあの伊黒でさえ永恋にはそれなりの態度で接してた。
ヘラヘラしてるが柱に対して礼儀っつーモンを弁えてる筈だが。
「ちっ、仕方ねぇな」
息を吐いてあの後ろ姿を追い掛ければ意外と近い所で寝そべっている。
何をしてるのか話し掛ければ驚いた様子の永恋がなかなか返事をしねぇから刀を突き付ければ観念したように話し始めた。
確かこいつは冨岡と付き合ってた気がするが本人から聞いたわけじゃねぇ。
隣を叩けば引き攣りながらも素直に座った永恋を見る。
話を聞いてるとどうやら冨岡は遊郭に行っていたらしい。
(あんのクソボケがァ…)
あいつは気に食わねぇが自分に素直だ。
仮にこいつの言う通り待たせすぎたという理由だけで他の女を抱く様な、抱ける様な奴じゃねぇと言う事はこの俺ですら分かる。
道理で話しにくそうな態度だった訳だ。
隣で膝に顔を埋める永恋に視線をやり、あいつを庇うでもなく思った事のみを伝えればみるみる顔に明るさが戻ってくる。
妹と弟が喧嘩して仲直りする前のツラを見てるみてぇだ。
ほっておけねぇとか胡蝶辺りが言っていた様な気がするがこういう事かと俺自身納得しちまう。
「不死川様、今度甘い物を食べに行きましょう」
「何で俺が行かなきゃなんねェんだ」
「不死川様から甘い香りがしたもので」
ふにゃふにゃと羊羹のように笑った永恋にハッ、と息を吐いて了承してやる。
男が居る女を連れて歩くのは少しばかり気が引けるがこいつならまぁいいかと思えた。
それから一ヶ月も経たない内にその機会は突然訪れた。
「不死川様ー!」
「アァ?何だ、てめぇかァ」
「こんにちは!奇遇ですね」
あの時とは打って変わっていつものヘラヘラ顔で近寄る永恋に辺りを確認すると冨岡の姿は見えない。
「これからお昼ですか?私今日一人なので良かったらご一緒しても?」
「お前一人ならな」
「あはは、じゃあお言葉に甘えて!」
最初はびくびくしてた癖に少し話をしたらこれだ。
人懐っこい犬を連れてる気分になりながら少し後ろを歩く永恋にどこに行きたいか声を掛ければどこでもいいと返事が返ってくる。
「あ!そう言えば、ご飯も美味しいし甘味も美味しいお店がここの近くにありますよ!」
「んじゃそこにするかァ」
「はい!伊黒様が甘露寺様にも紹介されてたので間違いありません!」
そういや味見係だとか何とか言ってたな。
道案内をする為に前を歩く永恋の髪が揺れ、耳障りにならない鈴の音が聞こえる。
店について各々好きなもんを食い、食後におはぎを食えば5本の指に入るくらいに旨い。
残りのひとくちを頬張ると目の前で穏やかに微笑んだ永恋と目が合った。
「ンだよ」
「やっぱりおはぎ好きなんですね。良かった」
「…るせぇ」
「私もおはぎ好きなので、今度良かったら不死川様のおすすめのお店教えて下さい」
「気が向いたらなァ」
教えると言ったわけでもねぇのに嬉しそうに両手を上げて笑った永恋にまだ小さかった妹が重なる。
助けてやれてたら、きっとこいつみたいに喜ぶのかもしんねぇな。
そう思ったら自然と手が伸びて頭を撫でていた。
「…わ、わっ…!」
「まるでガキみてぇだなァ、お前」
「うっ…、すみません…」
「別に悪いなんて言ってねぇ。食い終わったんならさっさと冨岡の元に帰れ、アイツ独占欲強いんだろォ」
「え、よく分かりましたね?」
「んなもんつけてりゃ誰だって分かるだろォが」
項辺りを指差してやれば顔を真っ赤にして口を結んだ永恋がそこへ手を当てる。
甘露寺とはまた違ったタイプの天然だなこりゃ。
席を立ち金を置けば自分も出すと財布を取り出す永恋の手を抑えた。
「女に金出させるなんてダセェ事させんじゃねェ。大人しく奢られてろ」
「しかし、ご一緒したいと言ったのは私でしたし…」
「お前より稼ぎは良いから気にしねェよ」
「…じゃあ、今度お土産持って行きますね!」
「おーおー。分かったからさっさと帰れ」
何度も何度も頭を下げて去っていく姿を眺めながらかみ殺した笑いが洩れる。
「冨岡に勿体ねえ女だとはよく言ったもんだなァ」
伊黒が面倒を見たがる理由が何となく分かった。
まぁ、根本の所で俺とあいつじゃ違ぇとは思うが。
今日は気分が良い。
少し長めに鍛錬でもするかと俺も踵を返した。
End.
実弥ちゃんサイドストーリー。
月陽さんと冨岡さんの初夜()の為に多分一番力になった彼目線のお話と、その後のお話でした。
明るく元気な月陽さんに小さかった家族を重ねて見たり、素直さに癒やされてつい甘やかしてしまう実弥ちゃんのおはなし。
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