※悲鳴嶼サイド


永恋月陽と言う名をお館様から聞いたのはいつだったか。


「行冥、君は月の呼吸があるのは知っているかい」

「確か甲の剣士に居た事を覚えております…」

「そう。月陽と言う子なんだけどね、とても素直で良い子なんだ」


何故お館様は月陽と言う隊士の話をするのだろうか。
月の呼吸を風のうわさで聞いたことはあれど、自分とはまた異なる呼吸。

継子にするにはせめて派生元の呼吸となる者が相応しいはず。
ジャリ、と数珠を鳴らしお館様のお言葉を待った。


「あの子の呼吸はまだ不完全でね。本人もどうにか呼吸を極めたいと思ってるみたいだけど、師となる家族も彼女には居ない」

「嗚呼、なんと嘆かわしい。己の道を極めたいと願うのに師が居ないとは」

「そうだね。だから私は月陽をそれぞれ柱の元へ修行させに行こうと思うんだ」


そのお言葉に私はなる程と頷いた。
柱の中には勿論派生からなる呼吸を使う者が居るが、月の呼吸がどこから分岐されたものか分からない以上力を持つ者達の技を学ばせるという事なのだろう。


「まずは誰の元へ?」

「私はね、行冥。あえて義勇の元へ最初に行かせようと思っているんだ」

「冨岡の元へ…あれは実力あれど言葉足らず。その者についていく事は出来るのでしょうか」

「義勇は不器用な子だけど、月陽ならきっと大丈夫なんじゃないかと思ってるよ」


そう言って微笑んだお館様の内心は汲み取る事が出来なかったが、私はもう一度数珠を鳴らしそのお考えに頷いた。


そうして彼女が冨岡の元で励むようになり数カ月。


「そうだ!君は冨岡の柱稽古不参加をどう思う?」


柱合会議に参加した月陽へ煉獄が問いを投げ掛ける。
突然自分へ向けられた質問に固まっているのか、彼女は動きを見せない。

本来ならば別の柱の元へ行き呼吸を極める話が、本人の願望により冨岡の所で留まっている。


「そう、ですね」


そう言って己の言葉と気持ちで柱の面々に答える月陽には好感がもてた。
何も意地悪がしたくて他の者も彼女へ問いかけている訳では無い。

それ相応の理由として冨岡にどういった気持ちを持って励んでいるのか知りたいだけだ。


「私は私の意思で冨岡さんに勝手についていきたいと思ったからです」


彼女はしっかりと冨岡を人として、上に立つ者として評価した上での発言をした。

自分へ視線を向ける柱たちに向かって。


「…流石だ」


お館様へ向けたものなのか、月陽へ向けたものなのか己ですら分からないが自然とそんな言葉が漏れた。

ある日の帰り道、猫の声が聞こえてそちらへ向かうと鳴き声ではない音が聞こえる。


「にゃーん!」


元気いっぱいな声に己の頬が緩むのが分かった。
目には見えないがきっと猫と戯れているのだろう。

驚かさないよう、側に腰を下ろして和やかな音に耳を澄ませる。


「可愛いねぇ。顔も凄く美人さん!将来有望ですにゃん!」


楽しそうに猫と戯れる声にふと昔の思い出が蘇る。

あの子達も猫や犬を見ると嬉しそうに駆け寄り戯れていた。

頬を涙が伝い、一人を除いた天国に居る彼らを想い数珠を鳴らす。

大人でありながらも初心を忘れず、素直な子。
生き物を大切に想い、人の内側を見ようと真っ直ぐな子よ。


「あはは、擽ったいよ!」


どうかそのままで居てくれ。
私の様にならないでくれ。

お前の光を遮る物は私が切り開いてあげよう。

楽しげな笑い声を聞きながら静かに立ち上がり、自分の住む山奥へ再び進み出す。


「幸せになれ。そうすれば、周りの者も幸せになる」

「…悲鳴嶼様も、ですよ」


ぽつりと呟きその場を去った私は、振り返った月陽に気付かない。





end.
悲鳴嶼さんサイドストーリー。
本編で絡むシーンを書く事ができなかったのでとても満足。






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