※しのぶ視点
「しのぶ様ー!」
入院中の隊士の方達も殆どが退院して、麗らかな春の陽射しが気持ちいいと空けた窓から吹き抜ける風を感じていると子どもたちの愛らしい声が聞こえる。
「どうしました?」
「先程月陽さんがいらっしゃって、これを」
「まぁ」
「しのぶ様がいらっしゃるのでお上がりになっていかれてはと声を掛けたのですが、これからまた任務があるとの事でそのまま出立されてしまいました」
「そうでしたか」
アオイに渡された大きな箱を目を細めながら受け取る。
甘く優しい香りが蓋を開けずとも香ってきて、まるで月陽さんの様だと思った。
「折角ですからおやつにしましょうか」
「はい。ではしのぶ様からお選び下さい」
「私は最後でいいですよ。先に小さい子から渡してあげて下さい」
「分かりました」
私がこういうと分かっていた筈なのに、アオイは渋々と部屋を出ていく。
前回たまには私から取って欲しいと言ってくれたのは記憶に新しい。
「…あの匂いは和菓子かしら」
持ったままだった万年筆を置き、暖かな陽気に目を閉じた。
その数日後、薬を調合していた部屋に聞こえるほどの慌ただしい音が耳に入り何事かと席を立つ。
廊下を早歩きで進めば、なほ達が月陽さんを抱えた冨岡さんを囲みあぁだこうだと話し掛けていた。
「どうしました?」
「あっ、しのぶ様!」
「胡蝶、月陽が血鬼術に掛けられた。すぐに頸は落としたが毒のせいか目を覚まさない」
「…分かりました。冨岡さんはそのまま出来る限り揺らさない様ベッドへ運んで下さい。なほはアオイを呼んで」
「はいっ!」
基本血鬼術だけの話ならば頸を落として終わりだけど、毒は別である場合が多い。
実力も申し分無く、近くに冨岡さんが居たにも関わらず彼女がこんな毒に侵されるなんてらしくないと思いながらも症状や鬼と戦ってどれくらいの時間が過ぎているか聞きながら病室へ案内する。
「兎に角状態を確認する為に服を脱がしますので冨岡さんは外へ出ていて下さい」
「だが、」
「聞こえませんでしたか?服を脱がすと言ったんです。それともそういうご趣味がおありでした?」
「…頼む」
なかなか月陽さんの側から離れない冨岡さんを追い出し、変色している手首と肩を確認する為に服を鋏で切り開く。
注射器で血液を取り、試験管へ数滴落としてどんな成分が入っているのか様々な手段を用いて手早く調べる。
とりあえず調合済みの薬で解毒が可能だと分かり注射を打ち、変色の退化を目で確認しながら冨岡さんの話を振り返った。
(近くに居た隊士を庇って毒を食らうなんて。貴女らしい)
毒に耐性のある宇髄さんならまだしも、月陽さん自身にそんな特技も無いというのに。
これは目が覚めたら私からも冨岡さんからもお説教ですねと眠る彼女へ呟く。
脈を取りながら変色の状態を見詰めれば徐々にではあるけれど、元の肌色に戻っている。
「アオイ、冨岡さんを呼んできて。きっとあの人、外で張り付いていると思いますから」
「分かりました」
私の数歩後ろで控えていたアオイへ冨岡さんを呼ぶ様に伝え、月陽さんの状態を説明する。
聞けば冨岡さんはこれからまた任務があると言っていたので、彼女は自分が付き添うから行ってきてくださいと言えば何度も振り返りながら彼は任務へ出発した。
あと数時間もすれば解毒が終わり、目を覚ますだろう。
「…月陽さん、分かりますか」
「………しのぶ、さん」
夜も深くなる頃、長いまつ毛を震わせた月陽さんに声を掛けるとまだぼんやりとした目や口調でこちらへ振り向く。
そっと指先を握れば弱々しく握り返してくれる。
「無茶をされたようですね。きちんと回復した暁にはお説教ですよ」
「…すみ、ません…」
「お説教する場所は、そうですね…最近評判の甘味処にしましょうか」
「かんみ、どころ…」
「えぇ。甘露寺さんも呼んでお説教です」
「…へへ、たのしみ、です。でも…ごめん、なさい」
「今は休んで下さい。今宵は、私が側に居ますから」
私、月陽さんと甘露寺さんとお話するのとても楽しいんです。
復讐に身を捧げた私だけど、あなた達と過ごしているとまるで姉さんが言っていた普通の女の子になれた気がして。
最初はとてもむず痒くてどうしたらいいのか分からなかった。
でも、楽しみ方を二人が教えてくれた。
「……ごめんなさいは、私の方かもしれませんね」
眠る友人に呟いた言葉は夜の闇へ吸い込まれて消えていく。
あまり、無茶をしないで。
私の大切な友人さん。
end.
しのぶさんサイドストーリー。
少し暗めになってしまったけど後悔はしてない。
しのぶさんにとって、同じ柱の女の子達や蝶屋敷の子達とのなんてことの無い時間はきっと何にも代えがたい程に唯一自分が心から笑える大切な時間だったんだと思う。
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