それから少し時間が経った頃、炭治郎がやっと大きな瞳を開けた。


「あ、起きた。炭治郎おはよ。体は大丈夫?」

「月陽さん!おはようございます!って、あれっ?不死川さんは…」

「はは…」

「不死川は怒ってどこかへ行ってしまった」

「そうですか…でも、どうして喧嘩してたんですか?」


しっかり呂律も回っているし舌を噛んでることも無さそうだと安心していると、義勇さんが不死川様と打ち合っていた理由を知らないのか心配そうに首を傾げた。


「あれ、もしかして炭治郎知らない?喧嘩じゃなくて柱稽古の一環なんだよ」

「柱は柱同士で手合わせしているんだ」

「そうだったんですか…あーそうか、どうりで」


納得している炭治郎に私も別の意味で納得して頷いた。
稽古をしてる義勇さんと不死川様が喧嘩していると思って仲裁をしようとした所何か言ってこうなったんだ。

苦笑を洩らしながら私は二人のやり取りに耳を傾ける。


「俺は上手く喋れなかったし、不死川はずっと怒っていたから。でも不死川の好物がわかって良かった」

「あ、あー。なるほど。そういう…」

「今度からおはぎを忍ばせておいて不死川に会う時あげようと思う」

「え、いやいや、待って?」

「あー!それはいいですね」

「炭治郎も待って?!何でそうなるの!?」

「そうしたら月陽みたいにきっと仲良くなれると思う」

「絶対喧嘩になるからやめて下さいね!!」


前向きな思考は時に恐ろしいものだと痛感した。
嬉しそうに話す二人はとても微笑ましいのだけど、どう考えたってその流れでおはぎを渡すとか喧嘩売ってると勘違いされる。

とは言え歩み寄りたい彼らにそんな本音を言えるはずもなくどうにかこうにか遠回しに話をしながら辞めるよう説得したけれど、それがきちんと伝わったかは正直不安しかない。


「ま、でも折角だし稽古したりお話ししたりしよっか!」

「月陽さんにも稽古をつけてもらえるなんて嬉しいです!」

「一緒に戦ったりはしたけど手合わせはした事なかったもんね。だけどもう少し休んでからだよ」

「はい!」

「うん、お利口だね」

「その前に炭治郎も月陽が作ったおはぎを食うといい」


素直な炭治郎の頭を撫で、義勇さんは取っておいたおはぎを膝の上に乗せてあげている。
まるで散歩に来たみたいだと思ってると炭治郎の瞳が潤んでいるのに気付いて二人でギョッとした。


「どどどどどうしたの炭治郎やっぱり舌噛んでた?」

「腹でも痛いのか」

「…違います。ただ、俺…お二人に出会えて良かったなって、思って」


ぼろぼろと大粒の涙が地面に落ちて染みを作る。
義勇さんと目が合ってお互いに頬が緩み、目を擦る炭治郎を抱き締めた。


「私も!炭治郎と禰豆子と出会えて嬉しいよ!」

「目を擦ると腫れるぞ」

「うっ、うっ、お二人が夫婦になったのもまた実感出来て嬉しいです…!」


感動がまた蘇ったと私の腕の中で幸せそうに笑う炭治郎につられて皆笑った。

それから泣きやんだ炭治郎と稽古をしているとあっという間に日が沈んで辺りが暗くなる。


「よし、今日はここまでにしようか」

「はいっ!ありがとうございます!」

「炭治郎、家に泊まっていくか」

「えっ、いいんですか!」

「私達は勿論いいよ」

「じゃあ…!」


三人で帰ろうかと話が纏まりそうになった時、鴉の羽ばたく音が響いて顔を上げる。


「緊急招集ーッ!産屋敷邸襲撃ッ!産屋敷邸襲撃ィ!!」

「……っ!」

「月陽、炭治郎!」

「は、はい!」

「行くぞ」


さっきまでの穏やかな時間が嫌な報告によって強制的に終わる事になった。

義勇さんに手を引かれ、私は震えながら首を縦に振る。


急がなきゃ。
急いで行けば助けられる。

私達は竹林の中を全速力で駆け抜けた。

もうすぐお館様のお屋敷に辿り着く、そう思った瞬間大きな音と共に爆風が身体を包む。

喉が嫌な音を立てて声が出ない。

それでも足を止めずやっと近くまで来た時、私は初めて鬼舞辻無惨の姿を目撃し、今まで抱いたことのない程の殺意が込み上げた。


「――、珠世さんからその汚い手を退けろ!!!!!お館様や、あまね様達を…よくも、よくもっっ!!」


周りを見れば他の柱の人達も集結している。
血鬼術で体を思うように動かせない鬼舞辻に向かって全員が呼吸を合わせた。


「月の呼吸、参ノ型」


全身全霊で技を放とうとした瞬間、踏み込んだはずの足が地面を捉えられず突然の浮遊感に身を包まれた。


「珠世さん!!!!!」

「月陽、」

「っ、あぁぁぁあああああ!!!!!!!」


必死に伸ばした左手は宙を掴み、こちらへ伸ばした義勇さんの手にも届かず空間へ落とされる。

こっちを向いた珠世さんは、寂しそうに眉を寄せた。





終ノ章、弐へ続く。







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