「帰ったか」

「義勇さん」


起こさないように襖を開けたつもりだったけど、義勇さんは起きていたようで泣き腫らした私の瞳を見て困った様に眉を下げた。

無言で広げられた両腕へ素直に収まると温もりや香りが心を落ち着かせてくれる。


「怒らないんですか?」

「あぁ」

「何も、聞かないでいてくれるんですか…?」

「聞く必要がない」


優しい義勇さんに止まったはずの涙がまた溢れそうになる。
言葉だけでは冷たく聞こえるけど、私には何にも代えがたい優しさだった。


「っ、ぅ…も、最近、涙腺弱くて…やだ」

「悪い事じゃない」


珠世さん。
珠世さん。

会いたいです。

また貴女に頭を撫でられたい。
名前を呼んでほしい。

きっと、鬼舞辻無惨との戦いがそこまで迫ってる。
だから珠世さんは愈史郎君に何かを伝えたんだろう。


「…辛く、大変な戦いになる」

「義勇、さん」

「もし、逃げたとしても誰も責めはしない」

「それは…でも、私はそんな事しない」

「分かってる。だから、もし逃げたくなったなら今みたいに俺の所に来ればいい」


弾かれるように顔を上げればカサついた親指が優しく涙を拭う。


「そうしたら、また戦えるように何度でも抱き締める」

「―――、っ」

「月陽が前に進めるように、手を繋ごう」


指を絡めながら私の目を見てぽつぽつと喋りながら伝えてくれる義勇さん。

その言葉が今、どれだけ私の心に安らぎを与えているか本人はきっとそこまで分かっていないだろう。
彼はいつも本心をただ真っ直ぐに伝えてくれるから。


「…あり、がと…っ」

「共に歩むのが夫婦だろう?」

「っ、はい!」

「それに、」


寝起きだからなのか、夜だからなのかいつもより低めな声が部屋に響く。


「俺は月陽にそうしてきて貰った。俺の闇を、お前は月の様に照らし導いてくれた」


そして嬉しそうに穏やかな表情の義勇さんは指先へ口付けを落とした。

ありがとう、と一言付け加えた義勇さんにまた抱き着いて目を閉じる。


「え、へへ。照れちゃいます」

「事実を述べたまでだ」

「それでも照れます」


ちゃんと私も向き合わなきゃ。
愈史郎君だって、珠世さんだって覚悟を決めたんだ。

何だかんだと言いながら、結局私の心は大切な誰かを失う怖さで震えてた。


「私だって、いつも義勇さんに救われてるのになぁ」

「妻を守るのは夫の特権だ」

「そうだけど…でも今思うときっと出会った時から、義勇さんは私の事も導いてくれたんですよ」


義勇さんに救われたのは私だけでは無い。
錆兎君の死を肯定する訳ではないけど、義勇さんだからこその結果が今ここにあるんじゃないかなって思うんだ。


「ね、義勇さん。そろそろ寝ないと明日不死川様との柱稽古に支障が出ますよ」

「大丈夫なのか」

「はい。だって義勇さんが横に居てくれますから」


不安や恐怖が完全に消えた訳じゃ無い。
だけど、震えて足が止まりそうになっても私には義勇さんが居るから。

だから、今度はちゃんと寝れる。

女性としてはしたないとは思うけど、まだ心配そうにこちらを見る義勇さんを押し倒してそのまま抱き締めた。


「怖かったら、逃げたくなったら義勇さんが居てくれるんですもんね!」

「あぁ」

「それなら、安心して寝れそうです」

「…そうか。だが態勢は変える」


抱き締める側だったはずの私を引き剥がし、いつもみたいに義勇さんが腕枕と腰に腕を回し寝る態勢に入りだす。

きっと私、この腕の中以外じゃ過ごせないな。
そんな事を思いながら体を擦り寄せ目を閉じる。


「義勇さん、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ。月陽」


旋毛に触れた義勇さんの唇の感触を感じながらじわじわとやって来た睡魔に身を任せる。

私は、私のやれる事をやらなくちゃ。

きっと大丈夫、私には義勇さんが居るから。

小さな声で囁かれた愛の言葉を拾って、夢の中へ飛び込んだ。

その日見た夢は、とても懐かしくて幸せなものだった気がする。

起きる直前に見た事のある耳飾りの音が聞こえたような気がしたけど、どうしてか目を覚ましたら忘れてしまった。



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