何だか眠れない。
体を起こして眠る義勇さんの顔を眺める。
解いた髪が綺麗に散らばる姿も、こんな風に気の抜けた表情を見られるのも自分だけだと思うといつもはすぐに眠れる筈なのに。
「よいしょ」
しっかり腰に回されていた腕を退かして外の空気を吸おうと上着を羽織りながら縁側へ出る。
「……愈史郎、くん?」
ふと知っている気配が近くに居るような気がして一歩外に出れば目くらましの術が掛けられている壁をみつけた。
そっと触れると空間が歪む。
その中へと足を踏み込めば表情の見えない愈史郎君が立っていた。
「愈史郎くん?どうしたの、っ」
ゆっくりと、揺れる様にこちらへ向かってきた愈史郎君に抱き締められる。
頭を撫でられたり、小突かれたりの触れ合いはして来たけれどこんな風に縋るような触れ方は初めてだった。
何も話してくれる様子が無い事が更に不安を掻き立てる。
「珠世さんに何かあったの?」
一方的な問い掛けになりかけた時、やっと顔を振って答えてくれた愈史郎君に少し安心した。
珠世さんに何も無いのならどうしてこんな風に彼が弱りきってるのか。
喧嘩をしただけで愈史郎君が飛び出してくるはずも無いのは長い付き合いで分かっているつもり。
「……話したくないなら全然いいよ。ずっとこうしてるから」
そう言いながら無言で私の上着を強く握った愈史郎君に負けないくらいの力で抱き締める。
父さんや母さんを失った後、鬼殺隊に入れるまでずっと珠世さん達が私の側に居てくれた。
こんな風に私が笑ったり泣いたり出来るようになったのは、義勇さんに負けないくらい二人のお陰だと思ってる。
「……、お前も…俺を置いて、」
「え…?」
「……っ、何でも無い」
やっと聞けた愈史郎君の言葉は聞き取れなくても寂しそうで、苦しくそうで胸が締め付けられる。
血は繋がってないけど、彼が私の兄である事に変わりはない。
そんないつも強くて真っ直ぐな愈史郎君が辛そうにするなんてきっとただ事じゃない。
だけど、兄妹として過ごしてきたからその理由を話してくれる事がない事も分かってしまう。
「ねぇ愈史郎君。愈史郎君は覚えてるかな、私が初めて死ぬ程怒られた時の事」
でもね、それと同時に愈史郎君が言葉に出さない理由を何となく分かってしまったんだ。
「一緒に入りたいってお風呂に勝手に入ってったの。あの時の愈史郎君てば、凄く焦ってたし女の子の私より恥ずかしそうに体隠してさ!」
何となく口に出した思い出に懐かしいな、とその光景を思い出しながら話を続ける。
私より長い時をこれからも生きる愈史郎君にとったらなんてこと無い一瞬の事かも知れない。
「そのまま裸で飛び出すし、叫び声に驚いて駆け付けた珠世さんに体見られてまた叫ぶし、あれは忘れたくても忘れられないよね!」
愈史郎君は半泣きになりながら珠世さんに謝ってたけどテンパってて服はめちゃくちゃだし、私は裸のままでその光景指差して笑ってた。
そんな当たり前の日々が何よりの宝物なんだって、ここ最近では強くそう思える。
「忘れるわけ無いだろ。寧ろ忘れられるものなら忘れたいくらいだ」
「あはは、だよねー!思えば男の人の裸見たのは愈史郎君が初めてだった!」
「う、五月蝿い!忘れろ!」
「あとね、初めて一緒にお買い物行った時とか全部覚えてる。私の手、迷子になるなよって繋いでくれたよね」
「……そうだな」
「いつも思うんだ。私がここに居るのは今まで出会ってきた人達が居たからなんだって。誰か一人でも欠けてたら私、きっとここに居ない」
父と母を失って憔悴しきっていた私は自死を選んでたかもしれない。
そうじゃなかったとしてもあの年の私が一人で生きていられていたかどうかも分からない。
私の手を、いつも誰かが繋いでいてくれた。
母さんと父さんから、珠世さんと愈史郎君へ。
鬼殺隊の人、柱の皆さんや蒼葉さんや須寿音さん、そして義勇さん。
錆兎君や真菰ちゃんも、鱗滝様も私にとっての大切な命の恩人。
「関わってくれた皆が私は大好きだし、すごく大切。そして、そんな人達が繋いでくれた私の命もとても愛しくて大切」
だから私はこの魂を大切な人達の為に燃やし続けていきたい。
独り言のように語り掛けると、黙っていた愈史郎君が口を開く。
「俺は…珠世様が大切だ。あの人が存在するだけで嬉しいし、何よりの幸せだ」
「珠世さん愛してるもんねぇ…」
「だけど、阿呆で、甘味に目が無くて、無鉄砲なお前を、妹だって守りたい。生きていて欲しい」
珠世さんの事を出すと絶対に照れる愈史郎君はそんな素振りを一切見せずに、少しずつ静かな優しい声で答えてくれる。
体を離して愈史郎君の綺麗な瞳を見つめれば、顔が近付いて額が合わさった。
「珠世様も、月陽も愛してるからな」
「っ、」
特別悲しい話をしている訳じゃないのに、素直な愛情を受けて瞳から涙が溢れる。
「俺も、心を決めるよ」
一頻り寄り添って涙を流した後、愈史郎君はそう言って目かくしの術を解いた。
去っていく後ろ姿は何だか小さく見えて追いかけてしまいたくなったけど、覚悟を決めるって言ったから。
伸ばしかけた腕をおろして義勇さんが居る部屋へ戻った。
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