そして時が経ち、少しずつ減ってきた仲のいい隊士。
今度は自分の番が回って来たのだと私は目の前の真っ白な空間を見つめて薄ぼんやりとした記憶を思い返す。

この数年、何故だか冨岡さんの笑顔が減ったなと思っていたのだがどうしてそうなったのか分からない。

年上の村田先輩は誰かの名前を覚えているかと聞いてきたが私の記憶には無く、知らないと首を振った。


忘れてはいけないような気がしているのに、どうしてもそれが思い出せない。

私はそれを思い出せないまま死ぬのか。

数年前はとても楽しかったと思っていたはずなのに、何故楽しかったのか分からない。


粘着質な液体に指を絡ませ、鬼に殺された両親へ思考を切り替えたその時突然地面に落ちたような衝撃と共に目の前が切り開かれた。


「え!?」


差し込んだ月の光と驚いたような女性の声に隊士の方だろうかと咳込みながらお礼を告げる。


「ま、待って!貴女服は!?」


そう言われて私は眉の中で溶けてしまったことを思い出しそれを告げると、狐の面を被った人へ説明する。

何処かで聞いたような優しい声。

こんな体を晒して申し訳がないと蹲るようにして自分を両腕で抱えると、その人は羽織っていた着物を脱いで私をそっと包み込んでくれる。


「…とりあえずこれ羽織って」


どうしてこんなに懐かしいのだろうか。
目の前の人は隊服では無く男物の着物を着ている。

きっと面識が無い、そう思うのに心が落ち着く。

その人は私と同じ様にして繭に閉じ込められたそれらを斬り落とし中を開いていくけど、既に液体となったものや中途半端に溶けた人体に目がいってしまいあまりの惨さに涙と吐き気がこみあげて来る。


「…っ、貴女は見ないで」


口を抑えた私にその人は見ないように言いながら、きっと誰が見ても嫌気のさす作業を繰り返していった。

私もこの人に救われなければ同じ様になっていたかも知れない。

そう思うと身体の震えは止まる事をやめてはくれなかった。


「…これで、最後」


ブツリと音を立てて繭が開くと、中身は髪の毛が爛れ落ちた男性隊士だった。
その人は彼の首元に手を当て、脈を測っている。


「カー君、応援を呼ぶ事は出来る?」

『出来ル』

「お願い」


その姿を見て私は恐る恐る話し掛けてみる。

「何ですか?」


鬼殺隊と同じ日輪刀を持ち、鎹鴉を相棒にしている。
それならばきっと鬼殺隊の方なのだろう。

そう思って問い掛ければ想像していた答えとは違うものが返ってくる。

「……元、ですよ」


その人がしている面は見た事がある。
細かく言えば似たような物だけれど。

確か前に訪問した冨岡さんの屋敷で模様違いの物があったような。

それを話せば寂しそうな声が降ってくる。
「そうですか。なら貴女は長く隊士として鬼殺隊に所属してるのですね」


震える身体を抑えながら幾つかの問答を繰り返していると、その人は私に近寄り肩を優しく撫でてくれた。

嬉しくて、暖かくて涙を浮かばせながら顔を上げる。


「安心して下さい。今応援を呼んだからきっと大丈夫です」


応援を呼んだと言う事は何処かへ行ってしまうのだろうか。
恐怖とは別にその人が離れて行ってしまうことを寂しく感じて鬼を理由に引き留めようと言葉を返す。

繭を斬ったとならば、元鬼殺隊の隊士だとしても腕の立つ人物。
私なんかに構っている暇などあれば救援に行ってもらった方がいい事も分かっていると言うのに。

その人は私の言葉をそのまま受け取ったのか、見た事がない型を使うともう一度こちらへ顔を向けてくれた。


「ここから先はどんな鬼も通しません」


その一言に私の目から更に涙が溢れた。

こんな腕の立たない私の様な隊士に優しく話し掛け、顔は見えないけれどその人は穏やかな笑みを浮かべている様な気がした。

そっと音もなく立ち上がったその人に名前を問う。

せめて名前を。
そうすればお礼を言いに行ける口実になる。

また会いたいと会って間もないその人に、憧れのような、ずっと焦がれていたような想いを感じながら必死に手を伸ばして言葉を続けた。


「ごめんなさい。今は教える事が出来ないんです」


けれど返ってきた言葉は悲しいものだった。


「どうか長生きして下さいね」


肩を落としかけた時、その言葉と共に私の手を握ってくれたその人は優しい声で身を案じてくれる。

優しく慈愛に満ちたその人の気持ちが嬉しくて、瞬きした瞳から涙が流れる事はもう無くなった。

引き止めるのはこれで最後だと勇気を振り絞り羽織りの事を聞けばその人は一瞬考える素振りをしてこう答える。


「いいの。必要がなくなったら捨ててしまって構いませんから」


その人に会う気は無いのだと、再確信させられた私は助けてくれた事にもう一度お礼を言って走り出したその背中を見送る。

凛とした姿勢、声。
正体不明なその人に私はどうしてこんなに心が沸き立つのだろうか。

でも一つだけやはり確信した事がある。

あの面は間違いなく冨岡さんの屋敷にあった面と同じ材質、塗料だ。

隠に運ばれた私は狐の君と噂になるその人の情報を入院先の主である胡蝶さんに報告する事にした。




.





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -