※ある隊士目線
冨岡さんと永恋さんはとても仲の良いご夫婦だ。
私はまだ柱になる前の永恋さんとお付き合いする前から冨岡さんの事を見ていたけれど、お二人は本当にお似合いだと思う。
随分前だけれど、冬の彼らを少しお話しようかと思うのだけれどいいだろうか。
それは冬の寒い日、私は冨岡さんのお屋敷へ用があり訪問させて頂いた時の事だ。
「こんにちは。寒い中来てくださってありがとうございます」
出迎えてくれたのは今の月柱、永恋さんだった。
朗らかな笑顔と、確かな腕前の素敵な女性。
男の隊士はもちろんの事、女隊士である者も彼女には憧れと尊敬の念を持つ者がたくさん居た。
私のような隊士にも敬語と丁寧な姿勢で接して下さる永恋さんに悪い印象など持つはずがない。
持ったとしたならそれはきっと嫉妬の類だろうか。
一つ言っておくと私は嫉妬などするはずもなく、ただただ出迎えて下さった永恋さんに礼を言って屋敷に足を踏み入れた。
「そろそろ来ると思ってお茶を入れておいたんです。まずは温まってからお話しましょう」
外は本当に寒かったですよね、そう言って私を暖かな部屋に招き入れてくれる。
冨岡さんのお屋敷らしい、無駄の無い質素な部屋と永恋さんの優しい対応は体も心も暖かくなった。
「冨岡さん、今日の昼頃帰ってきたばかりで今支度してるんです。お待たせしてすみません」
いえいえ、と首を振って謝る永恋さんに意思表示をすればありがとうございますと返ってきた。
湯呑みに手を伸ばせば、暑すぎないお茶が喉を伝い緊張していた心も落ち着く。
「冨岡さん呼んできますね」
私のような隊士に丁寧に断りを入れた永恋さんは静かに部屋を出て行き、客間には私一人きりとなった。
「義勇さん、ほら!しっかりして下さい!もー!」
意外とすぐ側で聞こえてきた永恋さんの声に顔を上げる。
「月陽」
「寝ぼけてないでしっかりして下さい。隊士の方がいらっしゃってます」
「ん」
甘えるような声色の冨岡さんに私は無言ながらに目を見開いた。
あんな風に彼女には甘えるのだと。
ここは私の想像なのだが永恋さんが廊下で寝ぼけていた冨岡さんを引っ張りながら服を整えてるのだろうか。
釦がどうのと聞こえてくる。
「髪の毛もちゃんと結って下さい」
「………結った」
「もう、少しじっとしていて下さいね」
永恋さんは母親の様に冨岡さんの面倒を見ているのだろう。
羨ましくも思いながら心地の良い雰囲気に目を閉じて彼らの会話に耳を傾けた。
「水柱様がしっかりしないと、隊士の方々に面目が立ちませんよ」
「わかって、る」
「お疲れでしょうが頑張ってください。ね?」
「ん……」
「え"」
優しい母の様な、奥様の様な声色が突然濁点付きの濁った声になって私は如何したのだろうかと思いながら更に聞き耳を立てた。
盗み聞きは良くないと思えど人間暇を持て余すとどうしても気になってしまうのだから少し大目に見て欲しい。
「……うー」
「してくれたら目が覚める」
「うぅ、でもすぐ側には隊士の方が…」
「見てる訳じゃない」
私が見ていないから大丈夫な事とは。
何だかイケない事を聞いているようで、緊張していた筈の自分は今別の意味で心臓が脈を打つ。
「…分かりました。これでちゃんとしてくれるんですね?」
永恋さんがそう言った後、少し無音の時間が過ぎる。
アレか、アレなのだろうか。
扉一枚隔てた向こう側でお二人がきっと仲良くいちゃこらしてる事態に私の目はギンギンに血走っていることだろう。
いや、断じて私は変態などでは無い。
けれど誰に対しても冷静沈着淡白な対応しかしない冨岡さんの甘えた声を聞いただけでも私は隊士の中でも幸運の持ち主だと思う。
冨岡さんと永恋さん応援隊士として。
そんな事を考えていると、後ろの戸がすっと開き私の背筋が伸びた。
「よく来た」
「お待たせして申し訳ありません」
私はどこか満足気な冨岡さんと、ほんのりと朱色に頬を染めた永恋さんを見て心の中の自分が悶倒れた。
だが私はこれでも鬼殺隊の隊士。
微塵も態度を変える事無くお館様から言付けられた内容をお二人にご説明させていただいた。
今度は是非ともこの目で拝み倒したいと願いながら、用を終えた私は日が暮れる前にお屋敷を後にする。
帰り道、雪が降って体は寒い筈なのに私の心はほかほかと暖かかった。
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