「………」
あのまま何だかんだ仲良く布団で存分に愛された後、私は寝起きのボサボサ髪のまま戸を開けた後輩にそっと布団を引き寄せた。
「おい!!半々羽織!月陽!」
「いのすけ、」
「ぶぉっふ!!」
猪の被り物をつけた伊之助に声を掛けようとした瞬間、私を隠すように引き寄せた義勇さんの枕がエグい音を立てて鳩尾にめり込んだ。
ご愁傷様としか言えない…
「それで、何の用だ」
想像以上に痛かったのか蹲った伊之助を居間へ運び義勇さんの不機嫌な声が響く。
確か伊之助は炭治郎や善逸と一緒に悲鳴嶼様の所に修行へ行って居るはず。
義勇さんの横に正座して二人を眺めていると視界の端にかー君の姿が見えて一言許可を得て外へ出る。
「かー君、どうしたの?」
「訃報、訃報」
「…どういう事?」
声を潜めたかー君に眉を寄せ、自室に場所を移動し話を聞けば衝撃的な方の訃報だった。
「…………そうなの。分かったよ」
「義勇ニハ、ドウスル?」
「私から伝える。今は伊之助が居るからね。ありがとうかー君、気を使ってくれたんだね」
「オレハ、空気読メルカラナ」
「ふふ、そうだね。いつも助けられてるよ」
胸を張った片目の相棒の頭を撫で、餌を渡す。
そのまま飛び立っていった姿を見送りそのまま膝を抱え善逸の師を思い浮かべる。
殆ど会ったこともない方ではあったが、善逸を見てるとどれ程素晴らしい育手、そして元鳴柱だったかよく分かるくらいには素晴らしい御仁だった。
残念ながら共に任務をした事は無いけれど、鱗滝左近次様と並ぶ実力の持ち主だったと聞いたこともある。
そして、彼が切腹した理由である人物像。
「獪岳…」
その名を柱になる前に聞いたことはある。
入隊したばかりの頃から上を目指し、向上心のある男だと思っていたのに。
「彼程の者が鬼になるなんて」
心とは裏腹に燦々と輝く太陽と青空にぽつりと零し拳を強く握りしめた。
彼は、善逸は知ってるのだろうか。
この事を私から善逸の友達である伊之助に伝える事はない。
勿論義勇さんもそんな事はしないだろう。
「……鬼舞辻、無惨…っ!」
どこまで人の気持ちを壊せば気が済むんだ。
やりきれない怒りを拳で床に叩きつける。
女の子には滅法甘く、そして優しい彼の太陽のような笑顔が曇ってしまうのだと考えるとやりきれない思いで一杯だ。
「まだ、悲鳴嶼様の所にいるかな」
彼と会ったのは団子屋以来だ。
どうしているだろうか。
もし訃報が届いていないのなら何も言わずに帰ろう。
でも、きっと彼はあの人の家族だから私より早く…
「行こう」
炭治郎達のように仲が良いわけでもない。
ただ彼の上司であるだけの私だけれど、だからこそ悲しみを打ち明けられるのなら聞いてあげたいから。
刀を腰に差し屋敷を飛び出して悲鳴嶼様の稽古場である山を目指した。
少し経ってやっと山の入り口に差し掛かれば見知った顔が下山してくる姿が見える。
「村田さん!」
「えっ、月陽さん?!」
「稽古は終えたんですか?」
「い、いや…その、はは…」
「…やらずに居る人よりもやった人の方が力になりますよ」
「やめて!気を使わないでくれ!逆に心に刺さる!」
何となく事情を察したので作り笑いを浮かべたけれど村田さんにはバレバレだったようだ。
すみません、と一言謝ったらまた傷付いてた。
「と、ところで!善逸を見かけませんでしたか?」
「あいつ?あいつなら確か…」
善逸を見掛けたという場所を教えてくれた村田さんと別れ、私はそこへ全速力で向かう。
「…居た」
善逸は居た。
大きな岩の上に。
雰囲気がいつもの彼とは違う。
やっぱり、聞いたんだ。
「善逸」
「え…あれ、月陽さん?」
「おいで。私が個人的に稽古をつけてあげる」
善逸の横に降り立てば、驚き目を見開いた彼の腕を引っ張る。
ただ慰めるなんて、そんな事を善逸は必要としてない。
それなら私ができる事は一つ。
「覚悟決めたんでしょ?」
「…月陽さんも、聞いたんですか」
「聞いた!聞いたから、善逸を私の個人的特別わくわく稽古に強制参加させに来ました!」
「こ、個人的?特別?わくわく…!」
「やるでしょ?」
「…っ、はい!」
いつものデレデレした顔の善逸じゃなく、覚悟を決めた男の表情を浮かべた彼に笑みを返した。
善逸が、望む結末を迎えられるように私は力になるよ。
義勇さんには何も言わずに出てきてしまったけど、かー君が説明してくれるだろう。
どっか行ってたけど。
私はその日から善逸を更に鍛え上げるべく稽古をつけた。
勿論、呼吸が違うのだから型を教えることは出来ないけれど。
それでも何かをせずには居られなかったんだ。
姉が鬼に変えられた妹として。
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