「…ここが、狭霧山」


夢の中で見た霧の立ち込める山。
義勇さんや錆兎君達が技を極めるために鍛錬し鱗滝一門の皆と生活した場所。

現実には初めて来たはずなのに、私は導かれるように山の奥へと向かった。
錆兎君や真菰ちゃんが呼んでくれているのかもしれない。

月が空に浮かんでいるはずなのに霧が濃くなり、視界はそれ程良くは無いけれど私は2つに割れた大岩の前に立っていた。


「……錆兎君、真菰ちゃん。来たよ」

『まさか一番にこっちへ来るとは思わなかったぞ、月陽さん』

『あはは、早い再会だね』


私には何も見えないけれど、そんな声が聞こえた気がした。
見えないくせに、何となくそこに居てくれてるんだろうなって気がしてしまう。


「錆兎君、真菰ちゃん。私これから鱗滝様の所にお邪魔してくるね」

『いいよー!』

『この山には鬼がたまに出る。まだ本調子では無いかもしれないが警戒は怠るなよ』

「…また、会いに来るね」


そっと大岩に手をやると、冷たい筈のそれは何だか少し温かいような気がした。
優しい風がまた私を導くように吹いて、来た方向とは逆の道で山を降りる。

道中一体の鬼と遭遇はしたけれど、特に何事もなく倒せた。

降りたすぐそこには小さな山小屋がある。


「…こんばんは、夜分に失礼します」


戸を叩き、中の反応を確かめる。
初対面で夜に突然押し掛けるなんて私失礼過ぎじゃないだろうかという不安が押し寄せてきた頃、音も無く戸が開いた。

目の前には赤い顔の天狗の面を被った老齢の男性が無言で私を見下ろしている。


「こ…こんばんは。私、永恋月陽と申します」

「何の用だ」

「鱗滝左近次様に会いに来ました」

「…入れ」


私の腰に下げた日輪刀に目をやると、身体を横へずらして家へと招き入れてくれた。
錆兎君は義勇さんの手紙の中で私の話をしたと言っていたけれど、鱗滝様は記憶があるのだろうか。

挨拶をして敷居を跨がせてもらうと、囲炉裏の側に座布団を置いてくれた場所へ案内される。


「あの、」

「義勇はどうした」

「!」


鱗滝様は顔が見えないけれど、真っ直ぐ私を見てくれている気がした。
私はまだ義勇さんの名前を出していない、という事は覚えてくれていると言う事かもしれない。


「義勇から貰った手紙の中でお主の名前が消えていた。何かあったのかとは思ったが、血鬼術によるものか」

「…手紙から、私の名前が」

「儂で良ければ話してみろ」

「はい」


鱗滝様に諭されるように私は自分の知っている限りの事を話した。
その間鱗滝様は話を聞きながら立ち上がり木彫りの狐面を彫り始める。

本当に聞いてくれているのだろうかと心配になるけれど、時折無言で頷いてくれる鱗滝様の醸し出す雰囲気はとても心地が良かった。

この方が義勇さんの師範と言うのもなんだか頷ける気がする。


「…永恋夫婦の事は知っている」

「え…?」

「その、陽縁と言う者も儂の記憶が正しければ知っている」

「詳しく、お聞かせ願えませんか」


鱗滝様の言葉に私は唾を飲みながら、続けられる言葉を待った。


「あの夫婦はお前を授かる前、鬼に両親を殺された子どもを一度保護している」

「子ども…」

「名を陽縁と名付け大層可愛がっていたが、その時は現役の鬼殺隊員。万年人手不足な鬼殺隊から子育てするからと言って休みを取れるわけもなく、その子をある鬼を解剖し生態を暴く研究員夫婦に預けたと聞いた」

「そう、だったのですか」

「任務が終わりお前の両親は陽縁を迎えに行ったが、研究員夫婦は鬼殺隊ではなく自分達が面倒を見る方がいいと提案したそうだ」


鱗滝様はそこでふぅと面に息を吹き掛け、溜まっていた木屑を囲炉裏の炎の中へ散らせる。
パチパチと音を立てて灰になるそれを私も眺めた。

陽縁の言っていたことは本当だったんだ。


「その夫婦の説得に、自分達がいつ死ぬかも分からない中でまた一人にしてしまうよりいいと思ったのだろう。その提案に渋々ながら納得してな」

「でも、どうして陽縁は鬼に…?」

「研究員が実験体に使ったのだ」

「!」


鱗滝様は重く苦々しくそう呟いた。
これ以上は何を言われなくても私だって察しがつく。

思わず絶句してしまいながら鱗滝様を見ると、また面を彫る手を動かし始める。


「…陽縁が実験体にされていた事は、約5年後その研究員の夫婦が殺されるまで分からなかった」

「陽縁が殺したのですか」

「恐らくな」


膝の上で握り締めた手を更に力を込めながら陽縁の顔を浮かべる。
凄まじい怨念の中、寂しそうな目をしたのはそういう事だったのか。


「…お前の両親は陽縁を探したが、調度お前を身籠ったらしい。泣く泣く断念したと風の噂で小耳に挟んだ」


儂が知っているのはそれだけだ、と言うともう一度木屑を囲炉裏へ吹き落とした。


Next.





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