蓋を開ければ真ん中にかすみ草を模した和菓子が置いてあり、それを囲む様に紅白の花の形をした和菓子が鎮座している。

花などの可愛らしいものに疎いけれど、かすみ草の花言葉くらいは分かっていた。


「……っ、」


祝ってやるつもりなんて無いって言ったくせに。
和菓子に隠された小芭内さんの気持ちに鼻の奥がツンとして途端に涙が零れ落ちてくる。


「待たせた。汗をかいていたから着替えを…っ!な、何故泣いてる!」

「うぅ、小芭内さん。大好き…」

「…何の話だ。俺はお前に菓子をやっただけだろう。いつもの味見役をさせたに過ぎない」

「あり、がとう…!」


かすみ草の花言葉は、永遠の愛や清らかな心。
穏やかな声で着流しに着替えてきた小芭内さんは、きっと不細工な顔で泣く私の頭を優しく撫でてくれた。


「そろそろ落ち着いたか?やっと顔がマシになってきたな」

「不細工って失礼な…」

「不細工とは言ってない。被害妄想をして勝手に俺を加害者にするな」

「思ってるくせに」

「…まぁ、泣いてる顔より笑ってる顔の方が見れるな」

「小芭内さんの意地悪ー!!」

「そんな事、誰よりお前が知ってるだろう。今更なんだと言うんだ」


帰って義勇さんに見せたいから、そっと和菓子の蓋を閉めながら小芭内さんの裾を引っ張れば柔らかく笑いながら額を弾かれる。


「それで、用があったんだろう。俺は忙しい、さっさと話せ」

「用って言う用では無いんですけど、小芭内さんの稽古も受けたかったし…」

「括り付けられたいのか?それは良い案だ。柱に当たらないよう他の隊士が緊張感を持って励めると言うものだ」

「えっ、そこ!?」


くつくつと喉を鳴らして意地悪な笑みを浮かべる小芭内さんに目玉が飛び出そうになりながら突っ込めば視線を逸らされた。
否定してください。


「稽古もだけど、ちょっと小芭内さんと話したいなって思ったんです」

「拗ねるな。半分程は冗談に決まっているだろう」

「半分じゃん!?半分本気な訳じゃん!?」

「緊張感を持って稽古に励むのは良い訓練になるからな」

「もー!」


ぴしぴしと小芭内さんの膝を叩けば腕を掴まれて視線が交わる。

少しの沈黙のはずなのに、私にとっては何だがすごく長い気がした。


「よく帰ってきた」

「…はい」


そんな優しい顔で、声で言われたらまた涙腺が崩壊してしまうじゃないか。
頬を撫でる指も、視線も何もかもが優しい。
感謝の気持ちを表したくてその指に擦り寄れば困った様に目尻を下げた。


「あいつの姓を名乗るのなら、もう少し警戒心を持て」

「これからはそうします」

「同情したくはないが、あいつも苦労するな」


義勇さんの名前は意地でも呼びたくないのか、あいつなどと呼んでいるけどその声はいつものような声色じゃない。
戦いが終わったら、少しくらい仲良くしてくれたらいいのにな。


「月陽」

「何でしょう」

「目を閉じろ」

「?分かりました」


急にいつもの感じに戻った小芭内さんに首を傾けながらその指示に従えば顎に手を添えられる。
何か美味しいものでも食べさせてくれるのだろうかと大きく口を開けば吹き出す小芭内さんの声が聞こえた。


「おははいはん?(小芭内さん?)」

「無防備過ぎる貴様にはやはりこれだな」

「んむっ!?」


物凄い勢いで何かを突っ込まれた私は下の上に乗った物に思わず目を開けてしまった。
じんわりと痛みと熱さが込み上げて手足を動かす。

辛いのに貰ったものだから吐き出せない。
けれど、尋常じゃなく辛い。


「ん"ー!!!」

「激辛煎餅だ。味わって食え」


実はそんなに辛い物が得意では無い私。
何とか涙目になりながらも煎餅を食べ終え、いつの間にか用意してくれていたお茶を喉に流し込めばまだ残る舌の痛みが少しだけ和らいだ気がした。


「おっ、小芭内さん…やってくれましたね…!」

「甘い物ばかりでは飽きるかと思ったのでな、好意だ」

「絶対嘘だ!」

「呑気に口を開けるのが悪い」


私はきっと一生小芭内さんに勝てない気がする。

やっと舌の痛みが完全に引いた後、稽古を再開させると言われ話す事も結局たいした内容でもないまま私は木刀を握った。

気が付けば日も暮れ、柱稽古も終えた私は門の所に立って見送りに来てくれた小芭内さんと向き合う。


「今日はありがとうございました!」

「お前と打ち込みするのは初めてだったな。悪く無い稽古だった」

「私もです。相変わらず小芭内さんのえげつない軌道は流石だなと痛感しましたよ」

「こんなもの、その内に必要無くなるさ」

「…確かにそうですね!」

「そろそろお前の旦那もそわそわしている頃だろう。寄り道せずさっさと帰れ」

「お気遣い、痛み入ります」

「同じ柱ではあるが後輩は後輩だからな。仕方なくだ」

「素直じゃないんですから」

「なんの事だ」


素知らぬ顔をする小芭内さんに笑い掛けながら、確かに義勇さんが心配する頃だと沈む夕日を見ながらもう一度頭を下げた。


「それじゃあ、私帰りますね」

「あぁ」

「落ち着いたらその内またご飯つれてって下さい!」

「気が向いたら連れてってやらん事もない」

「ふふ、よろしくお願いします」


小芭内さんから貰った和菓子を持って手を振り帰路につく。
ふと何か聞こえたような気がして振り返っても、そこに小芭内さんは居なかったので気のせいかともう一度顔を前に向ける。


「充実した一日だったなぁ。激辛煎餅以外」


また一つ、いい思い出が出来た。





Next.





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