そのまま愈史郎君と寄り添いあって寝てしまった私は目を覚ますと自分が寝かされていたベッドに横になっていた。
珠世さんが運んでくれたんだろう、少しだけ瞼が赤くなった愈史郎君と手を繋いで眠っていたらしい。
私が小さい時のことを思い出す。
珠世さんのお屋敷に連れてきてもらってすぐ、私は不眠症になっていた。
そんな私を珠世さんが抱き締めてくれて、愈史郎君が側で一緒に寝ていてくれた事を思い出す。
「…いっそ、鬼になってしまいたい」
そう言った私を叱りつけたのは愈史郎くんだった。
自分がどんな存在でも関係ないと、大切に思う気持ちさえあれば家族にだってなれると怒鳴られたのはいい思い出だ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
そう言ってさらさらの髪の毛を撫でれば愈史郎君が眉を寄せる。
起こさないようにベッドから降りようとすると、強く腕を掴まれて振り向いた先には目を開けた不機嫌そうな愈史郎君が上半身を起こしていた。
「おはよ」
「…どこに行く」
「お手洗い」
「……すまない」
「ふふ」
私の言葉に気まずそうな顔をして腕を離した愈史郎君に思わず笑みが溢れて飛び付く。
驚いた顔をしながらもしっかり受け止めてくれる愈史郎君はずっと変わらない、私の大好きなお兄ちゃん。
「な、なんだ!」
「大好き」
「んなっ!おまっ、ばっ…!」
「へへ。お手洗い行ってきます」
頬にちゅ、と音を立てれば盛大に照れる愈史郎君に怒られる前にと部屋を飛び出す。
走る少し調子の良くなった私は軽やかに飛び出した先で柔らかい何かにぶつかった。
「わぷっ」
「まぁ、大丈夫?」
「あっ、おま…月陽!」
「す、すみません珠世さん」
優しく受け止めてくれた珠世さんに抱き着く形で止まった私は驚いて目を丸くした。
何故か凄く嬉しそうな顔をしている。
「懐かしいわ。月陽が子供の頃よくこうして愈史郎と追いかけっこをしていた時のよう」
子供、と言われ私も愈史郎君も顔を見合わせ徐々に頬を赤く染める。
するとつかつかとこちらへ歩み寄った愈史郎君に頭を優しく叩かれた。
「珠世様のお屋敷で走るな!」
「…ごめんなさい」
「ふふっ」
叩かれた場所を擦りながら謝ると珠世さんはまた楽しそうに笑った。
それにつられるように私も愈史郎君も笑い声を上げる。
あぁ、なんて懐かしくて楽しいんだろう。
義勇さんもこの輪の中に居てくれたらもっといいのに。
そんな事を思いながら、出立する時間まで家族との穏やかな時間を過ごした。
楽しい時間はあっという間。
幸せな時程時間は無情にも終わりを告げる。
昼食を出してくれた珠世さんにお礼を言って、自分の荷物を背負う。
「もう行くのね」
「はい」
「気を付けて行くのよ」
「行ってきます、珠世さん」
私に近寄りそっと抱き締めてくれた珠世さんを抱き返す。
後ろで見ている愈史郎君に微笑みかけると困った様に眉を下げて頭を撫でてくれた。
「気を付けろよ。必ず連絡は取れるようにしておけ」
「うん。また新しい所が見つかったら教えてね」
一階は手毬鬼にやられているし、一度見つかった為に珠世さん達はまた別の場所へ移るのだろう。
無言で私を離さない珠世さんの背中を撫でながら愈史郎君と会話する。
「愈史郎、アレを」
「はい。月陽、これを持って行け」
「何これ」
「何かあったらこれに書いて飛ばせ。必ず俺達の元に届くようになっている」
「えっ、ありがとう!」
私を解放した珠世さんは愈史郎君に目配せすると、元気よく返事をして血鬼術らしき模様が書かれた紙を渡してくれた。
今まで手紙を送れなかった事がとても気掛かりだったから、この紙はとても有り難い。
数枚束になった紙を懐にしまって鞄を持ち上げる。
「珠世さん、愈史郎君。お元気で」
「行ってらっしゃい」
「週に一度は手紙を寄越せ」
「ふふ、分かったよ」
日中だから、珠世さんと愈史郎君は屋内から私を見送ってくれた。
まず私が行く所は錆兎君たちの眠る場所、そして鱗滝様の所。
身体を慣らすために準備運動をして呼吸を整えると、二年前とは行かないけれど昨日よりはマシになった感じがする。
のんびり歩きながらなんて元より考えていなかった私は、左に結った団子に差した簪に触れて目を閉じた。
「義勇さん」
名前を呼んだって返事はないけれど、義勇さんに貰った簪が力をくれるような気がして私は走り出した。
鱗滝様は初対面だから、記憶も消されていないかもしれない。
少しでも今の鬼殺隊の情報を集める為には頑張らなくては。
そう自分を鼓舞して、狭霧山へと向かった。
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