「聞きたい事はたくさんあるが、まずは月陽の御両親に挨拶をする」
「え、あっ…はい」
暫く抱き合っていた私達は義勇さんのこの一言で身体を離した。
何だか恥ずかしくなって小さく頷けば手を握られる。
記憶の戻った義勇さんも、戻る前の義勇さんの温もりも何も変わらない。
約束を覚えててくれたのかな、なんて思って背中を見つめていれば視線に気が付いてくれたのか振り返ってくれた。
「錆兎達の墓参りにも行こう」
「!」
「覚えているさ、ちゃんと」
私を見つめる視線も、温もりも一緒。
だけどやっぱり二人で共有する記憶がある事が嬉しい。
「はい!」
義勇さんはお墓の前に膝をついて懐から花を取り出した。
狭い所に入れられていたせいか、少し潰れていたけどきっと父さんも母さんも喜んでいるに違いない。
「急いで来たから買ってこれなかった」
「ううん、きっと二人とも喜んでます」
「…漸く、来れました。挨拶が遅れ申し訳無い。俺は、冨岡義勇と申します」
私の言葉に薄く笑みを浮かべてくれた義勇さんは両手を合わせ二人のお墓に話し掛けた。
何だか結婚の報告みたいで擽ったい。
「月陽とは、3年前に知り合いました」
「…義勇、さん」
「とても前向きで、優しく、そして強い女性です。俺はそんな月陽に惹かれました」
手を合わせて目を閉じていた義勇さんがこちらを向いてそっと髪を撫でながら両親へ語り続ける。
こんなにお話ができる方なんだってちょっと思ってしまったのは許してほしい。
「命ある限り、月陽を幸せにしたい。もう二度と離れないと誓います」
「…っ」
「愛してる」
「わ、私もっ…私も義勇さんの事愛してます!」
涙が滲んだ私の額に口づけた義勇さん。
まるで、と言うより本当に結婚の挨拶をしに来てくれた。
命ある限り、と言うのは私達の命がきっと他人より短いものだとお互いに分かっているから。
でも、それならば他の人よりもっと濃い時間を過ごせばいい。
お父さんもお母さんも、きっと分かってくれる。
「月陽、嫁に来い」
「…本当に、いいんですか」
「挨拶に来た時は必ず言おうと思っていた事だ。随分と遅れてしまったが」
「っ、」
ずっと、ずっと義勇さんと一緒に居られる。
私の、命が尽きるその時まで。
それが嬉しくて本当はすぐにでも頷いてしまいたかった。
でも、これだけは伝えなきゃいけない。
義勇さんに黙っている事は出来ない。
「質問を質問で返して申し訳ないのですが、ひとつだけ聞いてほしいことがあるんです」
「あぁ」
「……私は、痣者です」
「…、っ」
私の命は期限が定められてしまっている。
それを知っていて欲しかった。
きっと今日義勇さんが此処に来ていなければ言うつもりは無かったけれど、覚悟を決めてくれた気持ちに嘘や誤魔化しはしたくない。
案の定、目を見開いた義勇さんに下唇を噛んだ。
小芭内さんの報告では義勇さんに痣は出現していない。
鬼舞辻との戦闘時を除き、期限的にはどう考えても私が彼を置いていってしまうことになる。
それがどれだけ義勇さんが恐れている事か、私は知っている。
「…そうか」
「ごめんなさい」
「謝る事じゃ無い。これだけ上弦との戦いが続いて生き残って来てくれたんだ、よく考えれば不思議な事では無いんだ」
寂しそうな義勇さんの声が耳に届いてただ謝る事しか出来なかった。
世の中に女は私一人じゃない。
だから、これを機に別の女性を探すくらい義勇さんの人柄や容姿なら幾らでも出来る。
けれどそれを口にしないのは、さっき言ってくれた義勇さんの覚悟を否定してしまう事になるから。
目を閉じて深々と頭を下げようとした私を義勇さんは顎を片手で掴んで無理矢理視線を上げさせた。
「ぎ、ぎゆしゃ…」
「愛してる」
「へぁっ!」
「他の誰でもない、月陽じゃなきゃ駄目だ」
「ひ、ひぇっ…」
「月陽が分かるまで、何度だって言う」
愛の言葉攻めに一人赤面していると、眉を寄せた義勇さんが私を見つめていた。
「…ぎ、」
「離れるな…」
「っ、ごめんなさい。違うの、義勇さん。私が間違ってました」
今にも泣き出しそうな義勇さんが私の身体をきつく抱き寄せる。
悲しそうな顔をしていたのは、痣が出たからだけじゃなかった。
本質はもっと違うところにあった。
それに気付けなかった私は馬鹿だ。
「私の残りの時間を、義勇さんと一緒に居たい。ずっと、ずっと側にいて下さい」
「…あぁ」
命の長さなんて、関係無い。
ただ、今あるこの時間を誰と過ごして生きていきたいかだったんだ。
「結婚しよう」
「はい」
私達は、父さんと母さんの前で愛を誓った。
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