「永恋さん子供生まれるんだってさ」
「本当か!あの二人見てると結婚っていいなーって思うよなぁ」
「おしどり夫婦だもんな」
お父さんとお母さんの話だった。
仲の良い二人に子どもが出来た。
それなら私を迎えに来ないのは当たり前かもしれない。
お父さんとお母さんの嬉しそうな顔が浮かんで涙が出てくる。
あの笑顔を人を喰った私にはもう二度と向けてもらえない。
「…顔を見るだけなら」
憎いけど、お父さんとお母さんは殺そうと思えなかった。
辛い事ばかりの人生が、あの二人を殺してしまったら更に何もなくなってしまう。
会いたいという衝動に駆られてこっそりお父さん達の元へ向かった。
そろそろ夜が明ける。
その前に顔を見るだけ。一瞬だけ。
そう思いながら木の影から顔を出す。
「ただいま、朝陽」
「おかえりなさい」
私が着いたのはお父さんが丁度帰宅した時だった。
玄関を開けたお母さんのお腹は大きくて、お父さんはそこへ頬擦りしている。
「お、今蹴ったぞ」
「月陽もお父さんが帰ってきたの分かったのかもね」
「…ここに陽縁も居たら喜んでくれたかな」
「そう、ね…」
その言葉を聞いて明け始めた空に陽の光を浴びないよう、泣き声が誰にも聞こえないよう森の中を駆けた。
私は人喰い鬼。
もうお父さんとお母さんの所へは帰れない。
それでも私は、二人に気付かれないように何度も何度も家に通った。
鬼になってしまったけれど、二人の幸せそうな顔と、生まれた妹を守りたくて。
なのに。
「……何これ」
ある時私が二人の元へ行こうと近くまで来た時、火の手が上がっているのが見えた。
急いでそこへ向かうと燃えているのはお父さん達の家で。
気付かれないように中へ入ると泣きながらお父さんに縋りつく妹が居た。
近くに横たわるお母さんの顔はぐしゃぐしゃになって見るに耐えないものになっている。
「………っ、あ…」
息が出来ない程の胸の苦しさにただ立ち尽くしていると月陽の叫ぶ声が聞こえた。
「や、やだ!ひとりぼっちじゃ嫌だよ!」
守ろうとしていた三人が死にかけていると言うのに、私の頭の中に浮かんだ妹への言葉はざまあみろだった。
お前も私と同じ思いをしたらいいと。
守りたいという反面、二人からの愛情を受けるあの子が妬ましくもあった。
「陽縁」
その声は確かに私の耳に聞こえた。
顔を上げればしがみつく月陽の背中を撫でながらこっちを見ているお父さんの目と視線が交わう。
「……お父さん」
「愛してるよ、陽縁」
「っ、」
私は血鬼術を使ってお父さんと月陽を引き剥がした。
外に投げ出された月陽を見送り、そっとお父さんとお母さんに近寄る。
「ご、めんな」
「……」
「ありがとう、陽縁」
無言のまま膝を付いて見下ろす私を見つめながら涙を流したお父さんは、ゆっくり目を閉じた。
「…ぅっ、うぅっ…」
憎かった。でも守りたかった。
鬼となった私でも、人を喰った悪鬼になってしまっても、お父さんとお母さんが大好きな気持ちが捨てきれなかった。
どうして迎えに来てくれなかったの。
どうしてあんな奴等に預けたの。
聞きたい事は山程あったのに、二人の幸せそうな顔を見たらそれでいいのかもしれないって思えたのに。
瓦礫の崩れる中、二人の手を握ればお母さんの胸元に何かが見えた。
「……これ」
陽縁と書かれた首飾り。
血塗れになってしまったそれを紐を千切って母さんの首元からそれを取る。
引き渡した私を、鬼となったと聞いた筈の私を二人は変わらずに愛してくれていた。
「……お父さん、お母さん。さようなら」
体に燃え移る火もそのままに月陽と反対側の勝手口から家を出て歩き出す。
月陽が月の呼吸を会得しているのは知ってた。
だから、万が一何かあってもあの子が守ってくれると思ってた。
「…っ、あぁぁぁあ!!!!」
近くにあった木に拳を叩きつけて叫び声を上げる。
どうして守ってくれなかった。
二人に愛情をたくさん貰っていたくせに、私と違っていつだって側に居た癖に。
焼け爛れた皮膚が再生し始め私は鬱陶しい程に輝く空を見つめる。
そうしてまた一人、月陽にもう二度と関わらないように今まで居座った山を手放し別の場所へと住処を移動した。
もう二度と月陽を見たくなかったから。
会ってしまったら憎しみと八つ当たりでどうにかなってしまいそうだった。
だから距離を置いたと言うのに。
あの子は、お父さんとお母さんに守ってもらった筈の命を鬼殺隊なんて物に捧げていた。
呼吸を会得し鬼に両親を殺された憐れな女。
そんな隊士は何処にでも居る。
何処にでも居るけれど無性に腹が立った。
お父さんとお母さんと私に救われた命を、弱い癖に他人を守る為に使うだなんて。
「吐き気がするわ」
その男の横で呑気に笑うアンタも、命を無駄にするアンタも全てが私の癪に障る。
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