※暴力等の表現がありますのでお気を付けください。
私の名前は永恋陽縁。
お父さんとお母さんが名付けてくれた、大切な名前。
小さくてあまり覚えてはいないけど、愛されたという記憶だけはずっと持っていた。
私を本来育てるはずだった両親は鬼に殺されたらしい。
そこに駆け付けたのが永恋夫妻だった。
まだ赤ん坊の私を守って引取ってくれた。
「陽縁」
「おいで、陽縁」
そう言ってお父さんとお母さんが私を抱き締めてくれた温もりはもう覚えてない。
それでも心がふわふわってまるで雲みたいに浮いたような気持ちだけは残ってる。
どんなに疲れて帰ってきても、怪我をしてても私を愛情で包んでくれてた。
私も、鬼を退治して人を守る二人が誇らしくて大好きだった。
「おとうさん」
「聞いたか!今おとうさんって言ったぞ!」
「ふふふ、残念ながらおかあさんのが先だったけどね」
「順番なんてどうだっていいさ!な、陽縁」
「えへへ」
優しかった。
血の繋がっていない筈の私をまるで自分の子の様に愛情で包んでくれた。
繋がりなんてどうだっていい。
だってそんな物関係無いって言ってくれてたもの。
お母さんのご飯は美味しかった。
ご飯を作っているお母さんの背中をお父さんに抱っこして貰いながら見ている時間が大好きだった。
ずっとこうして生きていくんだって思ってた。
もしかしたら妹や弟が出来て四人で幸せな家族で居られるんだって、幼いながらにそう確信してた。
「陽縁をお願いします」
そう、研究所の人間に預けられるまでは。
最初はそいつ等も優しかった。
人見知りする私を何とか手なづけようとしただけなんだろうけど。
幼い私には人の好意をただ真っ直ぐに受け取る事しか出来なかった。
「陽縁ちゃん、永恋さんに相談して貴女を家の子にするって決めたの」
「お二人は鬼殺隊士だから家に帰ってこれないことも沢山あるからね」
「だから、何処かへ行く事も命を懸ける事も基本的にない私達で貴女を養子にするって提案したの。そうしたらね、」
この人達の言っていることなんて私の頭に全く入ってこなかった。
私は捨てられたのだと思った。
だって二人からちゃんとした説明も何も言われなかったから。
大泣きする私をあいつ等は優しく抱き締めた。
大丈夫だよと、私達が居るからと。
それでも嫌だった。
私は永恋夫妻が良かった。
たまにしか会えなくたっていい。
何度誰かに預けられたっていい。
二人が帰って来た時に、出迎えられたならそれで良かった。
ただいま陽縁って抱き締めてくれるなら幾らでも待てるのに。
嫌だ嫌だと言って泣き喚く私に、あいつ等はついに仮面を剥した。
横面を叩かれ、驚いて泣きやんだ私を鬱陶しいと冷たい目で睨み付けられて身体が震える。
「いい加減に泣き止みなさい。言う事聞かないならまた叩くわよ」
「おいおい、泣きやんだのにそんな事言ったらまた泣くじゃないか」
「これだから餓鬼は嫌いなのよ」
そこから私の地獄は始まった。
食事を出されても嫌いな物があって残そうとすると必ず叩かれる。
お母さんとお父さんの所に帰りたいと土下座をしても絶望するような言葉ばかりが帰ってきた。
「あの人達、もうあんたの事いらないって言ってるのよ」
「え…?」
「薬の時間だぞ、飲め」
「や、やだ!それ苦いもの…それにお父さんとお母さんがわたしのこといらないって」
「煩い!」
赤黒い液状の薬は毎日飲まされた。
それを飲むと身体の中がおかしくなって、とても喉が渇いた。
段々食事も喉を通らなくなって、あいつらが何故か美味しそうに見えて涎が垂れる。
「これが成功すれば私達はお館様に褒められるわ」
「鬼を殺す鬼だ。後はもう少しこちらの言う事を聞くように」
「………」
意識も朦朧としてきた頃、女が試験管を落として指を切った。
美味しそう。
オイシソウ。
「おなか、へった」
「は?ご飯ならさっきあげたでしょ」
「おなか…減ったァ!」
どれ程この研究所で過ごしたのか覚えてない。
ただ、目の前の女の血が飲みたくて、食べたくて細い腕を鷲掴んで握り締めた。
そこからはあっという間だった。
悲鳴を上げる女の声を聞きつけた男も痛め付けるように喰ってやった。
「…わた、し」
正気を取り戻した時、そこはそこかしこに食べ残した肉塊が散らばり死臭が漂って吐き気が込み上げる。
怖くなって家を出ようと扉を開ければ日差しが差し込んだ。
「ギャッ!」
火傷をしたように熱い。
皮膚が一瞬にして溶けたのに気付いて部屋の中へ転がり込む。
「こわい、怖いよ…お父さん、お母さん」
震える私に手を差し伸べてくれる人は一人としていなかった。
だから全てを憎んだ。
私を鬼にした鬼殺隊も、迎えに来てくれなかったお父さんもお母さんも。
そして一人隠れながら過ごしていると、喰ってやろうと思っていた鬼殺隊の人間の話し声が聞こえた。
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