「それで、どうしたんですか?随分お疲れの様でしたけど」
「少し睡眠不足だっただけだ。そんな事より一つ聞いておきたいことがある」
「何でしょう?」
洗い物が終わり居間に向かい合って座った私達はお茶を飲みながら御茶請けを口に入れた。
食べてるのは私一人だけれど。
「月陽、痣が出たと言うのは本当か」
「痣、ですか?」
「今身体を探すな。全く…では聞き方を変える。刀鍛冶の里の件、お前は甘露寺に出た痣は見たか」
「あ、あの可愛らしい紋様ですか!見ました!」
手を真上に上げて答えれば小芭内さんは少しだけ目を伏せた。
どうしてそんなに悲しそうな顔をするのだろうと首を傾げる。
あの痣が何か関係しているのだろうけれど、私にはそれについての知識は一つもない。
「簡単に説明する。甘露寺や時透にその痣が浮き出た」
「えっ、無一郎も?」
「その痣の出現した時心拍数は二百を超え、更に体温の数字は三十九度以上になっていたと時透が言っていた。身に覚えはあるか」
「な、何となく…」
そんな感じにはなっていたような気がして小芭内さんの問いに頷けば小さくそうか、と返事が返ってきた。
やっぱり小芭内さんが元気が無いように見えて思わず側に座って顔を覗き込む。
「…お前の痣を甘露寺が確認している」
「え、本当ですか!」
「あぁ」
「もしかして吉原の時からかもしれません。あの時も怪我してるはずなのに最後の最後で力が出せたんです。小芭内さんが迎えに来てくれたあの時」
いつも通りの私に、いつも通りじゃない小芭内さん。
ぺらぺらと良く回る舌だなと言わないのは、きっと隠しきれてないあの表情に理由があるんだろう。
私は頭が良くない。
人の気持ちに敏感でも無い。
けれど、こればかりは何となく察しがついてしまう。
「小芭内さん」
「……っ」
「私、きっとこの痣のお陰で今こうして貴方と会話出来てる」
さっきの情報を聞く限り、およそ人が生きている上であり得ない状態を維持出来る代わりの代償があるんだろう。
熱だけなら分かる。
重い風邪を引けば熱は上がる。
だけど心拍数の異常値、そして筋肉の活性化。
一時的なものだけれど、それは普通の人としての領域を超えている。
その代償が、きっとその人の生命力辺りなんだろう。
「普段察しの悪いお前がこの時ばかりは気付くか」
「だって三十九度を超えて心拍数も二百を超えてるんですよ。そして私はそれを体験している」
「…痣の件は甘露寺が俺個人へ教えてくれたものだ。冨岡には言っていない」
「そうですか」
「ここから先は、お前が選べ」
そう言った小芭内さんの華奢な肩はいつもより小さく感じた。
握り締め過ぎて震える手を握ってあげたかったけれど、それをすべきでは無いと何となく思った。
「月陽…、お前は」
「……大丈夫、きっと。その時までには全部終わるはずだから」
「っ、」
「優しいね、小芭内さん」
その先は言わなくていい。
その包帯の下で唇を噛んでるんでしょ?
ごめんなさい、小芭内さん。
俯いたままの小芭内さんの背中を撫でた。
「…今日から柱稽古が始まった。もう宇髄や時透、甘露寺達も準備している頃だろう」
「えっ、何ですかそれ!」
「竈門炭治郎の妹が太陽を克服した。以来鬼の出現はぴたりと止んでいる」
「…凄い、禰豆子凄い!柱稽古も気になるけど、私やっぱり炭治郎の所に行ってきます!」
そう言うと、小芭内さんは顔を上げて私の目を見つめた。
「…月陽がやりたければ顔見知りの柱の元に顔を出せばいい。参加したいのならば特別に俺からも稽古をつけてやる」
「これはまた手厳しそうですね、蛇柱様」
「お前とは一度手合わせをしてみたいとは思っていたからな」
「そうですね、是非ご教授願います」
小芭内さんの太刀筋は蜜璃さんとはまた違う軌道をしている。
背中を撫でていた手を止めた私に今度は小芭内さんが頭を撫でてくれた。
「それじゃ、私はそろそろ行きますね」
「あぁ」
「行ってきます」
「…行ってこい」
私の帰る場所は義勇さんの所だけど、いつもこうして何だかんだと見送ってくれる小芭内さんに手を振る。
私が小芭内さんの様子から察したように、きっと小芭内さんも私が何かしようとしている事は気付いている気がした。
だから、行ってきます。
鏑丸君もいつの間にか小芭内さんの首元に居て私を見送ってくれた。
「…痣、かぁ」
小芭内さんから聞いたあの情報はおそらく鬼殺隊本部に置いてある物からだろう。
痣の者の話は一度として聞いたことは無いけれど。
「もって数年なのかな」
自分の手を開いて閉じて。
私は炭治郎の居る蝶屋敷へ向かった。
仮に数カ月だろうと、数日だろうと私のやる事は変わらないのだから。
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