「あの、不死川様。貴方はどうして玄弥を」


そこまで言った瞬間、私のお腹が呑気な悲鳴を上げる。


「……すみません。そう言えばお昼ご飯食べるの忘れてて」

「ぶっ!」

「え」


やっと鼻血が止まったと思ったら腹の虫が騒ぎ出し恥ずかしくなって顔を赤らめれば目の前の不死川様が盛大に噴き出した。
めちゃくちゃ唾掛かりましたけど。

俯いて自分の口を手で覆った不死川様の肩が震えていて、さっきまでの沈んだ空気が一転した。
とても不本意な形で。


「そ、そんなに笑わないで下さいよ!」

「お前の腹が空気読まねぇからだろうがァ…!」

「間違いないです…」


恥ずかしくて恥ずかしくて思わず両手で顔を隠せば、不死川様が立ち上がった気配がして指の隙間から見上げれば昔の様に少しだけ柔らかい雰囲気を持った表情で私を見下ろしている。


「何か用があってここに来たんだろォ。鼻血出させた詫びだ、手伝ってやる」

「え、いいんですか!」

「仕方ねぇからなァ」


ほら立て、と差し伸べられた手を取って立ち上がればすぐに手が離され前を歩いて行く。

けれど私の血がついたままの手拭いを肩に掛けようとしたその手を止めて奪い取った。


「羽織りに血がつきますよ!何してんですか!」

「ア?関係ねェだろ」

「駄目です!」

「返り血か聞かれたらお前の鼻血だって答えりゃいい」

「それもっと駄目!」


悪戯っ子の様に薄く笑った不死川様に手ぬぐいを取り上げてよかったと丁寧に折りたたんで懐へしまった。
足は止めない不死川様に私がどうしてここに来たかを知っているのだろうかととりあえずついて行きながらその背中へ話し掛ける。


「あの、目的を知ってるんですか?」

「籠持って山の中に入るなんざ大方山菜取りに来たとかそこら辺だろうが」

「えっ、凄い!」

「凄かねぇ。俺もガキの頃はそうしてたしなァ」


やってりゃ分かる、と言って案内してくれた場所には誰も手を付けていないのだろう山菜がたくさん生えていた。


「凄い!たくさん!こんな所良く知ってましたね」

「ここら辺で鍛錬してるからなァ」

「確かに、よく見れば木が抉れてる…」


不自然に抉れている木々に同情しながら使う分だけの山菜を取って籠に入れる。
きっと私一人ではここに辿り着けず色々な場所を探す事になっただろう。

一緒になって山菜を取ってくれる不死川様に再度お礼を言おうと"殺"と書かれた背中へ声を掛けた。


「ありがとうございます、不死川様」

「………」

「えっ、何で睨むんですか!」

「こっちの台詞だ、バァカ」


そう言って再び背を向けた不死川様に私は睨んでないのになと首を傾げる。
でも声色はとても優しかったしいいかと納得して籠に半分程入った美味しそうな山菜を覗き込む。


「あの、不死川様」

「何だァ」

「沢山山菜も取れたので宜しければ蒼葉さんのお店に来ませんか?お蕎麦でも天麩羅でもお作りしますよ」


そう言って誘ってみれば少し間が空いた後、俺はいいと首を横に振られてしまった。


「明日には柱合会議がある」

「そうなんですか」

「今のお前が参加する事は無いだろうが今日あった事は黙っててやる」

「どうして?」

「俺の口からじゃなく、テメェの口であいつ等に説明すんのが当たり前だろ」

「…ふふ、そうですね」

「何企んでんのか知らねぇが、必ず戻ってこい」


籠を背負った不死川様に頭を優しく叩かれる。
不死川様がいつ記憶を取り戻したのかは知らない。

けれどやっぱり優しい人だなって思って笑いながら頷いた。


「アイツ躾んのはお前の責任だからなァ」

「?」

「無言で首傾げんじゃねェ。兎に角俺はもう行くぞ」

「あ、はい!お気をつけて!」


振り返らず手を軽く振った不死川様に頭を下げて私も蒼葉さんのお店に帰ろうと踵を返す。
寂しそうな顔も、玄弥の事も結局理由は分からなかったけれどやっぱり私が口を出す所じゃないと思いながら再び日の差した空を見上げた。


「後少しか」


陽縁と会う日まで後少し。
それまでにやる事が沢山あるけれど、聞きたい事がある以上やれる事はやらなくてはいけない。

義勇さんと一緒に居て精神的にも回復したし頑張るぞ、と頬を叩いて山を降りた。


「…あ、手ぬぐい」


思わず勢いで持ってきてしまった不死川様の手ぬぐいに気付いたけれど、こんなに私の鼻血がついてしまった物を洗って返すというのも申し訳無いから後で新しい物を買って返そうともう一度懐へ戻した。

帰って桶で血抜きをしていた手ぬぐいを蒼葉さんに見つけられて盛大に心配されるのはもう少し先の話。





Next.





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