夜、食事もお風呂も終えて見回りに行く義勇さんを見送り私は一人屋敷で空を見上げていた。
私に貸してくれていた部屋の前の縁側に座り、後ろを振り返れば義勇さんが手入れしてくれていたのか綺麗な状態の形見が並べて置いてある。


「義勇さん…好き」


冷えるからと言って使っていた上掛けを貸してくれたそれを抱き締めながら匂いを嗅ぐ。
義勇さんの香りがして安心する。


「早く帰ってこないかなぁ」


本当は見回りについて行きたかったけれど、身体が本調子ではない私がついて行っても迷惑が掛かる。
それに義勇さんにも家で大人しく、と強く言われたし。


―――月陽チャン。


「!」


ふと聞こえた声に顔を上げるけれど、目視できる範囲には誰も居ない。
隣に置いてある自分の日輪刀に手を伸ばし辺りを警戒しながら藤の香を焚いてある事を確認する。


「…陽縁なの?」


そう問い掛ければどこからともなく笑い声が辺りに響いた。
今陽縁の所に行ってもろくに戦えはしない事は分かってる。

今の自分の状態が分からない程冷静さは欠いていないけれど、焦りの様なものは感じていた。


『良かったネ。信じてもらえて』

「……」

『また、記憶を喰っちゃおうカナ』

「陽縁に聞きたいことがあるの」

『頸刎ねるにはどうしたらイイの?って聞きたいのカナ?』

「…違う」


人を揶揄うような口調に眉を寄せながら深く息を吐く。
落ち着け、冷静になれ。
そう言い聞かせながら響く声に問い掛けた。


「ねぇ、お姉ちゃん。父さんと母さんのお墓の場所、知ってるでしょ」


あえて陽縁と呼ばずに彼女を姉と呼んだ。
気配が分からないから聞いているのかすら不安になるけれど、聞こえているはずと思いながら言葉を続ける。


「本当に、本当に私を殺したいのなら1週間後そこに来て」

『…わざわざ殺されに来るのォ?』

「父さんと母さんの近くで死ねるのなら本望だよ」

『あっそォ…揶揄いに来たけどつまんないネ』

「姉さん、私待ってるから」

『…じゃあね』


結局返事という返事は聞けないまま陽縁は返事をしなくなった。
何をしに来たのかは分からない。
でも少なからず私を殺しに来たわけではない事は何となく分かった。

ふぅ、と息を吐くと玄関が開く音が聞こえる。


「義勇さん?」

「あぁ」

「おかえりなさい」


そう言って小走りで迎えに行けば小さく頷いてくれた。
それと同時に心の中で安堵の息をつく。

陽縁は間違いなく近くに居たはず。
けれど義勇さんは私を覚えている。


「何かあったのか」

「いいえ、何でも」

「……ならいい」


笑って誤魔化した私に何かを言いたそうにした義勇さんは結局突っ込むことはせず、出迎えた私を抱き締めてくれた。


「寝ていろと言ったはずだが」

「寂しくて」

「そうか」


帰ってくるには少し早いような気がしたけれど、出迎えた時の義勇さんのほっとしたような顔で何となく分かったような気がした。

1週間後、陽縁が来るかは分からない。
けれどそこで全てを聞きたい。


「小腹は空いてませんか?」

「今一杯になった」

「私は食べられませんよ」

「それは残念だ」


頬に口付けた義勇さんが真顔のまま私を抱き上げた。
本当に残念と思っていそうな感じもしたけどそこにはあえて触れずにされるがまま首に腕を回す。

そのまま自室に向かう義勇さんの顔を近くから見つめて、やっぱりかっこいいなぁと思うと何だかニヤけてしまった。


「何かついているか」

「ご飯粒がついてるかもです」

「!」

「ほら」


首に回した腕に力を込め義勇さんの頬に口付ける。
ビクリと肩を跳ねさせた姿が何だか可愛らしくて今度こそ声に出して笑った。


「あはは」

「…嘘か」

「どうでしょう」

「我慢するこちらの身にもなれ」


お腹の底からため息をついた義勇さんに間延びした返事を返せば横目で軽く睨まれてしまった。
義勇さんの部屋に着いて、元々敷いてあった布団へ降ろすと夜着に着替える姿を眺めながら煩い心臓を胸の上から抑える。


「寝るぞ」

「は、はい!」

「…どうした」

「いや、何でも…」


義勇さんの裸にドキドキしましたなんて言えず目を逸らしながら彼が布団に入れるよう隙間を開ける。


「月陽。もっと寄れ」

「は、はい」


疲れているのか、眠そうな義勇さんが私の頭に擦り寄って来る。
そっと髪を撫でてあげれば今にも閉じてしまいそうな瞳と目が合った。


「一人で、どこにも…行くな」

「…え?」


ぽつりと洩らした義勇さんに問い掛けても、寝息しか返ってこなかった。
ほぼ眠った状態で言ったはずのその一言に、義勇さんの気持ちが全て込められているような気がして眉尻を下げる。


「ごめんね、義勇さん」


眠る義勇さんに口付けを落として私も目を閉じる。

一回だけ。
あと一回だけ、頑張らせて下さい。
そう心の中で呟いて、義勇さんの温もりを感じながら眠りについた。




Next.





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