「月陽」
暫く父さんの首飾りを眺めていると、目の前に座っていた義勇さんにそっと手を握られた。
何だろうと顔を上げると指を絡めた義勇さんは遠慮がちに口を開く。
「俺は那田蜘蛛山以前に月陽に会ったことがあるか」
「…どう、して?」
ドクン、と心臓が鷲掴みされたような感覚に視線を上げた義勇さんの瞳を見つめる。
どうしていきなりそんな事を言うのか私には分からなかった。
もしかしたら義勇さんも記憶を取り戻したのかと思ったけれど様子が少し違う気がする。
「月陽は鬼殺隊に居たんだろう。今まで当たり前に思ってきたが、鎹鴉が与えられるのは鬼殺隊士だけだ」
「それは」
「那田蜘蛛山以前は月陽の鎹鴉は俺の鴉と共に行動していた。しかしそれ以来姿を消し、再び月陽と共に現れた」
ゆっくりと話す義勇さんは優しい響きを持っているけれど、どこか確信めいた目をして私は口を噤む。
なんて言ったらいいのだろう。
鬼殺隊に居たと言えば理由は聞かないかもしれないけれど、他の人達が覚えていないという事実がおかしくなってしまう。
「月陽は俺達の事を知っていたようだが、こちらはお前を認識していなかった。お館様でさえ」
「………」
「敵だとは思っていない。だが月陽、お前は何者なんだ」
射抜くような言葉に握られた手を思わず強く握り返してしまう。
できる事ならこの手を離して逃げてしまいたい。
今の私には冷静な思考が出来ない。
「わた、私は」
「いい」
「…え?」
「答えて貰ったら、月陽に会えなくなる気がする」
寂しそうに、悲しそうに視線を落とした義勇さんは強く握り締めたもう片方の手をそっと撫でてくれる。
「だがもし、俺が月陽と会っていた事を忘れているのなら謝りたかった」
「そ、そんな。義勇さんが謝る事なんて一つも」
「蒼葉殿の店で会った時、酔っ払いが恐ろしくて涙ぐんだと思っていたが月陽はそんな事で泣く人間じゃない」
食い込んでいた爪を優しく離してついに両手を絡め合わせた義勇さんはそう静かに告げた。
私が理由を言わないばかりに彼を不安にさせてしまっている。
「こんな俺ですまない」
「違う!義勇さんのせいじゃない!」
「…月陽」
「私のせいなんです。初めて会った時の事、色々私がちゃんと覚えてるからそれでいいって思ってました」
巻き込みたくないと思っていたけれど、そんなものただ私が怖かっただけの事を綺麗事を言って回避していただけだったんだ。
無一郎だって泣かせてしまった時にきちんと説明すれば良かった、それだけの事なのに。
「私は鬼殺隊に居ました。義勇さんともそこで会っています」
「っ、無理に話さなくていいと」
「逃げない。もう逃げませんから、私の話を聞いて下さい」
「……」
まだ信じてなさそうな義勇さんに絡めた指を離して胸元にしまっている簪を取り出す。
その簪を見た瞬間顔を歪めた義勇さんに困った様に笑いながらチリン、と鈴を鳴らしてみせた。
「これ、私の宝物なんです」
「…男から貰ったやつだろう」
「えぇ。大好きな、義勇さんから頂いた物ですから」
貰った時より少し色の薄れた簪を撫でる。
あれから2年以上が経つ。
どんな時も肌身離さず持ってきた。
これを挿せば、これを持っていれば義勇さんとの思い出が私を守ってくれているような気がして。
「人違いじゃないのか?俺がそんな贈り物出来るような人間では」
「私もその時までそう思ってましたよ」
「…借りてもいいか」
「えぇ、義勇さんなら」
そう言って義勇さんに渡すとじっと簪を眺めている。
所々色が薄くなった所を撫でたり、鈴を鳴らしたり。
「…月陽がこんな嘘をつくとは思えない」
「信じてくれますか?」
「嘘はついてない」
「ふふ、正直な人ですね」
優しい人。
本当に、本当に優しい人。
「こんな話をしてすまなかった」
「そんな…」
「良く、似合う」
簪をもう一度私の髪に挿してくれた義勇さんが目を細めてくれた。
嬉しくて視界が滲む。
「一人で抱え込まないでいい」
「っ、はい」
優しく、強く抱き締めてくれた義勇さんに抱き着いて一筋涙を流した。
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