「くそっ!」
やっと鬼が消滅し、炭治郎が落ちる場所へ走り寄り身体を滑り込ませて地面に打ち付けられるのを何とか防ぐ。
勢い付いた炭治郎の重みに強く背中を打ち付け思わず咳き込んだ。
「月陽さ、ん…っ、ごほっ」
「わた、しは…大丈、夫…っ」
何とか直撃は防いだものの、私の身体では全て庇う事は出来なかった。
今の衝撃と技の連発で恐らく炭治郎は脚と肋が折れてしまっている。
だけど、きっと手毬鬼は大丈夫だろう。
あの子がどういう経緯で鬼になったのかは知らないけれど、珠世さんの術からはきっと逃れられない。
可哀想だけれど、手毬鬼は鬼舞辻無惨の呪いによって死ぬ。
「禰豆子…」
「炭治郎?」
「いか、なきゃ。まだ、まだ鬼は残ってるから」
もう手も足も動かないだろうに、日輪刀を口で咥えた炭治郎が這いずりながらも禰豆子たちの元へ進もうとしている。
「炭治郎、大丈夫だよ。珠世さんがどうにかしてくれる」
「それでも、それでも…禰豆子が頑張ってるなら、俺もっ…」
宥めるように炭治郎の背中を撫でても進むことを辞めない姿に、私と義勇さんが初めて二人に会った時の事を思い出す。
あの時と何一つ変わらない深い深い兄妹の絆。
「分かった」
「月陽さん…」
這いずる炭治郎に腕を回し、重たい身体を引き摺って禰豆子達の元へ向かう。
この気配、恐らく珠世さんが血鬼術を使っている。
気付いていなさそうな炭治郎の鼻を裾で抑えながら進むと、手毬鬼の口や身体から3つの腕が生えていた。
言ってしまったのだろう。
鬼舞辻無惨の名を。
「…っ」
手毬鬼から生えた腕がその身体をぐちゃぐちゃと音を立てて破壊していく。
愈史郎君も、炭治郎もその光景に顔を青ざめさせていた。
私はその光景を見ながらぼやける視界に炭治郎を抱えたまま膝を付く。
体重を預けた炭治郎も一緒に倒れ込んでしまうが、限界を迎えた身体は電源が落ちるように意識を手放す。
「月陽さん!」
気を失った私はまた夢を見た。
義勇さんと一緒にいた頃の記憶のような夢。
「月陽」
優しい声で私の名前を呼んでくれる。
夢の中の義勇さんが私の頬を撫でて薄く微笑んでくれた。
でも夢は夢で、私が何かを叫んでもその声は届く事はない。
「聞いてください義勇さん!」
「どうした」
「今日ね、蜜璃さんとしのぶさんと…」
他愛もない話を私がして、義勇さんが頷いてくれるなんてこと無い日常のささやかな光景が今の私にはとても心に刺さる。
(義勇さんは、元気にしてるかな)
目の前の私達はとても楽しそうなのに、これが現実だったはずなのに、今の私には夢でしかない。
「愛している」
「ふふ、私もです」
(見たくない。もう辛い)
目を瞑り、耳を塞ぎ蹲る。
『大丈夫だ、月陽さん』
「…錆兎君」
『心を強く持て。俺達がついている』
蹲った私の背中が錆兎君の声に包まれる。
そっと抱き締められた感触に顔を上げたら凛とした表情の錆兎君に頭を撫でられた。
『さぁ起きろ、月陽さん。本来これは君を苦しませるような夢じゃないはずだ。今すぐとは言わないが、いつかきっと義勇との思い出が力に変わる日が来る』
「錆兎、くん…」
『それまで俺達が月陽さんの支えになるから』
心を強く持つんだ、そう言って錆兎君の気配が消えて私は目を覚した。
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