「おや」
「あ?」
温泉を上がった私は無一郎に充てがわれた部屋に向かいながら散歩をしていた。
そうしたら目の前に大きな身体が立ち塞がって私の行く道を塞ぐ。
気配からして鬼殺隊の子なのだろうけど、何だか不思議な雰囲気を持った子だと思いながらずらしていた面を被り直す。
「こんにちは」
「誰だ、アンタ」
「え、えぇーっと…」
「チッ、もしかして噂の狐か」
随分とお口の悪い隊士だなぁと顔を見上げれば、何だか誰かに似ているような気もする。
どことなく口調も同じ様な。
「そう、よく分かったね」
「俺に近寄んな」
「初対面で!?私何かしたっけ」
「俺は誰とも関わる気はねぇ。アンタが何したとかどうでもいい」
再び舌打ちをして私に背を向けるその子にあの人の影が重なった。
あぁ、ずっと会っていなかったな。
「不死川様に似てるんだ」
「っ?!」
「よく言われない?何だろう、話し方とか雰囲気とか…あと顔もっ」
「うるせェんだよ!」
身長が高い分の長い腕が私の襟を掴み上げ引き寄せられる。
こういう所も何となくそっくりだけど、そういえば不死川様が女性にこんな事しているのは見た事ないな、なんて思いながら眉を釣り上げる目の前の男の子を見つめた。
「テメェ何者なんだよ!何で鬼殺隊じゃねぇお前が兄貴を…!」
「あ、そうなんだ」
「っ、クソ!」
「でもね、駄目だよ。すぐに手を上げちゃ。君は守る側の人間でしょ?」
「い"っ!?」
私を持ち上げる腕に手刀を入れ、地面に着地する。
腕硬すぎじゃないか、めちゃくちゃ痛かった。
ひりひりする手を後ろ手で労りながら苦痛に歪んだ男の子を再び見上げる。
「痛かった?ごめんね」
「っにすんだ…!」
「でも、駄目なことは駄目だって上が教えないとね。何をイラついてるのかは知らない。不死川様が嫌いな訳でも無さそうだし」
「何が言いてぇんだよ」
「君、今にもはち切れそうな水風船みたいだ」
人が怖いのだろうかと思ったけれど、何だかそれも違う気がする。
この子から感じるのは、もっと違う何か。
不死川様を嫌ってる訳ではないから、何かあったのだろうかと思案していると両手を握り締め俯く男の子のほっぺたをつついてみる。
「………は?」
「何を悩んでるかは分からないけど、一人で解決できる事はそう多くはない。不死川様に頼れないのなら信用出来る人に話すといいよ」
「何を知った風に」
「知らないよ。君が何かに悩んでいて、不死川様の弟なんだろうなって事以外」
私に向けられる暴力的な言葉はまるで子犬が自分を大きく見せようとする為に吼える様と類似している気がする。
乱暴な言葉と乱暴な態度で誤魔化してるんだろうけれど、内心何かを恐れているんだろう。
その何か、を私が知る訳ではないけど。
「自分の弱さを隠す為に粗野な行動を取るのは辞めておいたほうがいい」
「誰が弱いって…?」
「力とかそういうのじゃなくて、精神的な意味ね。まだ成長途中なんだし、そんなに気負うことは…」
ぶん、と重い音が聴こえたと同時に最小限の動きでその拳を躱し回し蹴りと見せかけながら腹部を草鞋で軽く押した。
後輩をいじめる趣味は無いからね、私。
「呼吸がなってない」
「るせぇ!」
「……辞めようよ。私若い子をいたぶる趣味は無いんだって」
「そうやって…柱でも何でもねぇ奴に知ったかされて引き下がれるかよ!」
「うん、そうだね。でも、それに届くか届かないか位の実力はあるつもりだよ」
止まりそうにないこの男の子に溜息をつきながら、躱し続けていく。
彼の息も上がってきたしそろそろ頃合いだなと、背中を取り首筋に手を当てた。
「もし、鬼殺隊の誰かに相談がしづらいのなら私の所へおいで」
「くそっ…くそっ!」
「私も君のお兄さんに助けてもらった事あったから、代わりにはなれないけど手を貸すことくらいは出来るよ」
そう言い残して男の子の背後から気配を消してその場を立ち去った。
あのまま一緒に居ても里の方にご迷惑も掛かるし。
不死川様の名前を出しただけであそこまで動揺するなんて何をしたのだろうと首を傾げる。
「まぁ私がご兄弟の話に割り込む事ではないからなぁ」
尚更今不死川様に何したんですかなんて言ったらぶち殺されるから言える訳もない。
意外と里に来ている鬼殺隊の人の多さにも少し気疲れしたし真っ直ぐ無一郎の部屋に行くことにした。
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