「いってきまーす!」


丁度店の近くに着いた頃、出掛けるのか着物を着た月陽が出てくる所だった。

奥に声を掛けたのは蒼葉殿が居るからだろう。


「……っ」


ただ一言名前を呼べばいいのに、振り払われた時の顔が浮かんで思わず足が竦む。
鬼殺隊に入ってどんな鬼に出会おうともこんな事は一度も無かった。


「月陽…」


どうか届いて欲しい。
小さい声で名前を呼べば、人混みの中に入りかけた月陽が振り返った。


「義勇さん」


最近俺の名を呼ぶ者が増えた中、やはり月陽の声で聞こえる自分の名前が何より好きだと思える。


「どうし、たっ」

「すまない」

「わ、わ!ちょっと、人前ですよ!」

「嫌わないでくれ」


人前にも関わらず月陽の身体を引き寄せ腕の中に閉じ込める。
離したくない、誰にも渡したくない。

ただそれだけだった。


「とと、取り敢えず落ち着いて下さい!」

「落ち着いてる」

「絶対落ち着いてない!」

「なら離れないと約束してくれるか」

「分かりました!分かりましたから!」


腕に力を込め慌てる月陽を閉じ込めていると周りの視線が気になったのか顔全体を赤く染めて俺の要望に答えてくれた。

信じるぞ、と視線を送れば必死に頷いてくれる月陽の身体を解放し手を握る。


「うぅ…もう何なんですか…」

「理由を聞きたかった」

「理由を聞きたいとは?」

「……嫌いか」


人気のない道に出て漏れ出た言葉はそれだった。
嫌われているのなら余りしつこくしてはかえって良くない。

もしそうであるなら俺は。
俺はどうする。


無言を返され心臓が脈打つ音だけが俺の中で響く。


「……それ、本気で言ってます?」

「泣かせた」

「なっ、泣いてないもん!」

「怒らせた」

「…ま、まぁ。でも私も悪い所ありましたし」

「だが幾ら考えても理由が分からなかった」


そう、怒らせた理由も泣かせた理由も何もかも分からなかった。
だから理由を聞く他俺に出来ることはない。


「嫌な所は直す。月陽に嫌われたくない」

「……あの、ちょっといいですか?」

「何だ」

「私が嫌う以前の問題ですよね、これって」

「……?」

「義勇さんが、その…あの女性と…」


女性。
誰の事だ。

任務で誰か一緒になっただろうか。

思い起こしても誰も出て来ない。


「義勇さん?」

「女性とは誰だ」

「……は?」

「誰の事を言っているのか分からない」


心当たりが無さ過ぎて眉間にシワを寄せた月陽の袖を握り首を振る。
適当に出そうものならそれこそ怒られる事を俺は知っているから。


「前一緒に居ましたよ」

「……女性だろう?」

「そうです。すごく綺麗な人!」

「こ、胡蝶か?」

「…へぇ、そうやって誤魔化すんですね」


何かの地雷を踏んだらしい俺は月陽に睨まれてしまった。
綺麗な女性なんて俺は月陽しか思い浮かばないし、他の隊士がそう言っていたから胡蝶を出してみたが違かったのだろうか。

ならば甘露寺かと口を開こうと顔を上げると唇に人差し指をくっつけられた。


「蜜璃さんじゃないですからね」

「……む」

「…でも、そうですね。私が突っ込む立場に居ないから、きっと義勇さんも言わなきゃいけない訳じゃないです」


ごめんなさい、と言った月陽の顔を見て一瞬でこの言葉を言わせてしまった自分に嫌気が差した。
違う、こんな顔をさせる為に話しかけたのでは無い。

月陽ならばいくらでも待つし、付き合っていない期間であろうと不貞など働くつもりもない。


「月陽、違う。そんな事を言わないでほしい」

「だって、私が義勇さんを待たせてしまった訳ですし」

「そんなもの理由にならない。本当に分からないんだ。側に女隊士を置いた事もない」


前に会った時に居たのは雨音だけだ。
……雨音?


「一つ聞いていいか」

「…またですか」

「もしかして雨音の事を言っているのか」


前に会った時に居たのは雨音だけだ。
もし違うのなら本当に俺は分からない。


「そ、そう…です」

「そうか」

「そうかって何ですか!そうかって!」


目を潤ませ俺の胸を叩いた月陽に安堵した。
そうか、確かに雨音の事を知らない者からしたらあいつは女に見える。

それに嫉妬してくれていたのだと漸く理解が出来た。


「雨音は男だ」

「は?」

「安心しろ」


雨音の存在に嫉妬をしてくれていたと感じれば月陽のすべての行動に納得が出来、俺はつい口元を緩めてしまった。
未だに戸惑う表情を見せる彼女の身体をもう一度抱き寄せ久し振りに味わう感触と香りに身を寄せる。


「雨音さんが男!?」


どうやら未だに月陽は信じていないようだが。





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