「お前」
刀を構えて炭治郎の前に立ちふさがった私に手毬の鬼が声を掛けてきた。
「月の呼吸を使っていたが、どうして黒死牟様と同じ呼吸を使っておるのだ?」
「…答える義理はない」
「ふぅん…面白い。お前の首もあの方の前へ差し出そうぞ」
「悪いけど、貴女に私は殺せない」
愈史郎君が炭治郎へと指示を出しているのを聞きながら、矢印の鬼へ視線をやる。
珠世さんや愈史郎君が出てきたという事は、私が手毬鬼へ向かったら帰って邪魔をしてしまう。
炭治郎から私へと標的を変えた手毬鬼へ向かうふりをして、一太刀浴びせながら矢印の鬼の方へ走った。
「貴様!あれだけ大口を叩いておいて逃げるとは!」
「残念だけれど、私はこっちなの」
珠世さんの血鬼術がどういったものなのかは理解している。
禰豆子もいる事だし、きっと大丈夫だろうと炭治郎の補佐へ回った。
私が自分に向かっていると気が付いたのか、矢印の鬼はこちらにも血鬼術を向けてくる。
あの手の血鬼術など造作も無いけれど、体力が落ちた今では補佐が精一杯だ。
出来る限り炭治郎だけに攻撃の手が向かないよう私に引きつける。
刀を地面すれすれに近付け、振った勢いで矢印の鬼へ砂を掛けた。
「おのれ…貴様、砂埃を掛けたな…汚れたではないか!」
「ここまで荒らしておいて汚れたも何もないでしょう」
「五月蝿い!」
炭治郎だけに向けていた手を私に向けた瞬間、矢印に捕まらないよう駆けた。
だけど、既に矢印に捕まってしまった炭治郎は壁や木に身体を打ち付けられ空高く飛ばされてしまう。
あの高さから落ちればただでは済まない。
「炭治郎!頭を使いなさい!技で衝撃を緩和させて!」
「くっ…捌ノ型、滝壺!!」
私も私で追撃をさせない為に鬼を引き付けなければならないから、炭治郎を受け止める事は不可能だ。
そうなれば炭治郎自身でどうにかしてもらわないといけないと声を上げれば、何とか技を出して着地していた。
「…仕方ない!」
いつまでも私を追ってくる矢印に立ち止まり、もう一度型を出す準備をする。
逃げていたって、当たるまで追い掛けて来る矢が増えるだけだ。
「月の呼吸 拾弐ノ型 師走」
炭治郎ではこの矢印を切ることは難しいかもしれないけど、私ならば斬れる。
余り使ったことのない型だけど、いっぺんに向かってきた攻撃を全て躱し、続いて厄介な矢印を斬った。
手がびりびりして眉を寄せた瞬間、隠していたのか残った矢印が私の身体を弾き飛ばす。
「ぐっ…!」
飛ばされた衝撃で屋敷の壁へ背中を打ち付け、口から血を吐いた。
2年という歳月を眠って過ごした身体はここまで動かなくなるのかと、自分の無力さに刀を握る手に力が篭もる。
その間にも炭治郎は矢印鬼の攻撃を必死に交わし続けていた。
「炭治郎…今、行くから!」
私の指示通りに頭を使いながら何とか矢印の攻撃を避ける炭治郎へ走り寄り、もう一度攻撃を仕掛ける。
何本かを斬って無効化していけば流流舞いの足運びを使って矢印鬼へ間合いを詰めていく炭治郎の負担を少しでも減らす為に呼吸を一度整え私も鬼へ飛び掛かった。
炭治郎なら頸を落とせる。
そう確信を持って矢印鬼の脚を斬り払った。
「行け、炭治郎!」
「弐ノ型 改・横水車っ!」
私の声と共に炭治郎が技を出して矢印鬼の頸を斬り落とした。
どさりと落ちるように倒れた炭治郎の側に矢印鬼の頸が落ち、私も同時に膝を付く。
激昂した矢印鬼がまだ消えていない事に焦りを覚える。
まずい、まずい!
「炭治郎!」
「お前も道連れじゃ!!!」
炭治郎へ向けられた目がパチリと瞬きをした瞬間、炭治郎の身体に何本もの矢印が突き刺さったように現れる。
あれでは私も手助けする事ができない。
「鬼の身体が消えるまで耐えて!」
私が今矢印鬼の身体を刻んだところで消えない事には掛けられた血鬼術が消える事はない。
兎に角炭治郎に耐えてもらう他術がない私は、震える膝に必死で力を込め叫んだ。
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