「蒼葉さん」
「ごめんね月陽。今日から出掛ける予定だったのに」
「いいんです、そんな事。折れてたんですか?」
駆け寄った私の頭を固定されていない方の手で撫でてくれた蒼葉さんは困った様に首を振った。
「折れてはないんだけど、ちょっとね…」
「駄目だよ蒼葉さん。ちゃんと月陽ちゃんに話さなきゃ」
「どういう事です?」
「蒼葉さんの腕はヒビが入っているから、暫く安静にするよう月陽ちゃんからも言ってくれないか?」
ため息をつきながら首を振ったお医者様にちらりと蒼葉さんを見れば目をそらされた。
もしかして店は営業していたいとでも言ったんだろうか。
「蒼葉さん?」
「大丈夫さ、これくらい。別に団子くらいなら片手でも捏ねられるしせめて昼の営業は…」
「駄目だよ。早く仕事したいなら尚更大人しくしていなさいって言ってるだろう?」
「でも、それじゃあ2ヶ月は営業出来ないって事だろ?」
「店は月陽ちゃんに手伝ってもらうなりすればいいだろうに」
「月陽は月陽でやる事があるんだ。そうもいかないだろ」
二人のやり取りを聞いていた私はちょんちょんと指先で蒼葉さんの肩を突く。
このお店は蒼葉さんにとってとても大切なお店。
二ヶ月も営業出来ないとなれば金銭的にもきっと困ってしまうだろう。
「月陽?」
「蒼葉さん、私で良ければ代わりにお店やりますよ」
「何を言って…月陽は月陽のやるべき事があるだろう」
「ありますよ。けれどその中に蒼葉さんのお手伝いだって入ってるんです。夜の営業はまだ難しいので、良ければ昼間の営業くらいは任せて下さい」
「けど…」
渋るような反応を見せる蒼葉さんに私が首を横に振る。
刀は丁寧に使えばまだ大丈夫。
だけど蒼葉さんの身体は換えがきかない。
「いつも蒼葉さんに頼ってばかりなんですから、こういう時くらい役に立ちたいんです」
「……直さなきゃいけないんだろう?」
「大丈夫です。使えない訳ではないですし!だからお願いします、私に少し任せて下さい」
「俺も空いてる時で良ければ手伝いますよ。蒼葉さんのお店には俺達も助けてもらってますし」
「…そっか、ありがとう」
こうして私達は蒼葉さんの腕が良くなる間昼の時間だけ店を任される事になった。
団子作りは練習してきたし、蒼葉さんも近くで見ていてくれると言っているからきっと大丈夫。
今日はとりあえず店を休む事にして、ご飯を食べに来た隊士の人達のみに食事を振る舞う。
「そう言えば月陽さん、最近冨岡に会ったか?」
「……全然会ってませんよ」
「え、どうしたのその顔。何かあった?」
「別にどうもないです」
義勇さんの話題につい変な顔をしてしまった私に村田さんは口の端を引き攣らせながら耳に顔を寄せてくる。
義勇さんと聞いて雨音さんの顔が一緒に思い浮かぶのが凄く嫌。
「そ、そっか…まぁ、話したくないならそれでいいんだけどさ」
「村田さんは好きな人って居ます?」
「えぇっ、俺!?」
「はい」
「べ、別に…そういう人は居ないけど何で?」
困った様に頬を掻く村田さんに今度は私が詰め寄り逃げられないよう腕を掴む。
「村田さんはもし、自分の好きな人に返事を待ってて欲しいって言われたらどうしますか?」
「え…いや、待つでしょ。それは」
「で、でもその間に凄く美人で愛嬌ある女の子が村田さんに言い寄ってきたら?」
「凄く美人で愛嬌のある…うーん」
私の剣幕に何故か顔を赤くしながら目をそらす村田さんをずいっと見つめて答えを待つ。
やっぱり悩んでる。
「…そりゃあそんな子に言い寄られたら嬉しいけど、俺が好きな人はその子じゃないしお断りするかな。だって待っててほしいって事は何か事情があるんだろ?」
「そりゃ、そうですけど。でも理由も話さないんですよ?」
「話してもらえなくたっていいじゃないか。話したくない事、話せない事なんて誰にでも一つや二つあるもんだし」
「……でも」
「好きな子が待ってて欲しいって言って、その間に他の子に言い寄られて靡くようならそいつの気持ちはその程度って事だろ」
そんな奴、ほっとけばいいんだよ。なんて村田さんは一人頷きながらそう言った。
ほっとけたらいいのに。
「でも冨岡はそんな奴じゃないと思うから大丈夫だよ、月陽さん」
「…だ、誰も私の話とは」
「君がそうなった状況だからそんな質問したんだろ?」
よしよし、と私の頭を撫でる村田さんはとってもいいお兄さんで自然と頬が緩む。
「でもそうだな、もしそういう事になってるとしたら伊黒さんと時透さんが黙ってないだろ」
「どうして小芭内さんと無一郎が?」
「あの二人は特に月陽さんの事大切にしてるからさ」
「…ふふ、そうかも」
「だろ?」
はは、と笑った村田さんにつられて私も声を上げて笑う。
話して良かった。
その日来た隊士の人達には店の状況をお話して夜は営業しない事を周りにも教えてほしいとお願いして日中の営業を無事に終えた。
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