「あぁーっ!」


あの後日中の店の手伝いも終わり、自室で義勇さんに鴉を飛ばそうと思っていた私は昼間の事が浮かびどうしてもかー君を羽ばたかせることが出来ないでいた。


「シツコイ、離セ」

「だってさぁ!義勇さん、もしかしたらアレだよ…今あの子と居るかもしれないじゃん…」


日中あった事をかー君に相談した私は相変わらず冷たい反応をされながらもじたばたと暴れながら手足を畳に投げ出す。

お楽しみの最中かもしれない。
いや、見回りの時間ではあるからもしかしたら違うかもしれないけれど。

きっと義勇さんも宇髄様達からの吉報を聞いて私が帰ってきているのは知っていると思う。
父さんの日輪刀もどうなったのか経過も気になる。

なのに怖くてかー君に言伝を頼むのすら怖くてどうしようもない。


「もう会えない、なんて言われたら私その場で鼻水垂らして泣く勢いあるよ」

「泣ケバイイ、現実ヲ見ロ」

「何でそんなに冷たいんだよう!私の相棒は!」


うわーん!と泣き真似をしながらかー君に抱き着いて艶のいい羽根に頬擦りする。
柔らかくて気持ちいい。


「……分かってたって割り切れないんだもん仕方無いじゃんか」

「本人ト話セ」

「私が鼻水垂らして泣いたら拭ってくれる?」

「汚イ、嫌ダ」

「じゃあ駄目じゃーん!」


こんな風にひたすらやり取りを続けていても仕方無い。
今日の夜の手伝いはしなくていいと言われてたし、気を紛らわせる為に見回りでも行こうかと思い始めた。

仕事に打ち込んでいた方が楽だ。


「よし、かー君。見回りに行こう」

「蒼葉、休メ言ッテタ」

「こんなんじゃ心が休まらない!行くよ!」


夜着を身に纏った私は、箪笥の中を漁って隠の衣装を取り出す。
愈史郎君の服はボロボロだし、まだ新しい服は買っていないから比較的動き安い服を選んだらこうなった。


「出発!」


余程強い鬼に出会さなければ日輪刀もまだ使える。
腰に刀を差してそっと家を出て町の外側を大回りで見回った。

川の方に何者かの気配がしてそちらへ迎えばそこには一人の鬼が屈んで何かを喰らっている。

息を殺してその背後へ近付き一瞬の内に頸へ刀を突きつけいつでも横薙ぎにすれば斬れる様に手元の死骸に目をやった。


「…さようなら」


やはり人を喰っていたかと刀を振り頸を飛ばす。
食い散らかされて性別も分からない被害者に手を合わせ布を掛けると、かー君に隠を呼ぶようお願いした。

お館様を通せば隠の人も呼べるようにしてくれている。


「…ごめんね」

「何がだ」

「わあっ!?」

「月陽!」


突如後ろから聞こえた声に驚いてのけ反ってしまった私は川に尻餅をついてしまった。
無言で差し出される手に服が濡れるのも気にせず顔を上げると目の前には義勇さんが居る。


「……義勇、さん」

「早く立て」

「、はい」


まさかここで会うとは思わなかった私はとりあえずその手を掴んで立ち上がり、相変わらずの無表情でこちらを見る義勇さんと視線を合わせた。

何も変わらないいつもの瞳。


「…どうかしたか」

「何がですか?」

「お前が俺に気付かないのは珍しい」


何かあったのかと聞きたげな義勇さんに黙ってしまいそうになってしまうけれど、このまま何も聞かずに居るのも気が引けてしまう。

前に須寿音さんの所へ行った義勇さんとすれ違った時のようになるのは御免だ。
どんな結末であっても、やはり本人の口から聞かないと。

濡れて重くなった衣装も気にせず、私の口が開くのを待ってくれている義勇さんに意を決して顔を上げる。


「あの、昼間の…」

「義勇さん!ここにいらっしゃったのですね!」

「……雨音」

「探しましたよー!」


雨音、さん。
昼間に見かけた姿とは違う鬼殺隊の隊服に身を包んだ綺麗な人が同じ様に義勇さんの腕に手を差し込んだ。

名前で呼んでるんだ。
私の時は名字からだったのに。


「あれ、何ですかこの隠。日輪刀持ってるし、義勇さんに馴れ馴れしいですね」

「……私は、隠じゃありません」

「はぁ?隠の服着てるじゃないですか」

「雨音、月陽に失礼な事を言うな。彼女は隠じゃない」


そんな会話がなされている時でも義勇さんは雨音さんの腕を振り払う事はしなかった。
まるでそれが当たり前かのように受け入れていて、私と義勇さんの距離、そして雨音さんと義勇さんの距離に心が軋む。

雨音さんはとても綺麗な人だった。
中性的な美人顔で背もスラリと高い。
義勇さんの隣に並ぶとそれはもうお似合いな二人。


「……私お邪魔ですね。ご遺体の事はかー君が隠の方に知らせました。後はよろしくお願いします」

「待て、月陽。さっき何か言い掛けて」

「何でもありません。今目の前で確認しましたから」


奥歯を噛み締めてびちゃびちゃのまま義勇さんへ背を向ける。

連絡を待っていてくれると言っていたのに。
お預けだってあんな顔してくれたのに。

待たせていた私が悪いのに、どうしても悔しくて悲しくて視界が滲んだ。


「義勇さん、何です?この女」

「…月陽は、協力者だ」

「協力者?」


あぁ、やっぱり。
きっと雨音さんの前だから誤魔化したんだ。

涙なんて流れなければいいのに。
そうしたら前の様に笑って誤魔化せたのに。


「…さようなら、義勇さん」

「月陽?待て、どうして泣いて」

「触らないで!」


歩き出した私の手を取ろうとした義勇さんの手を振り払って泣きながら睨んだ。

分かってる。
義勇さんに当たって最低な女だ。

こうなる事だって予想出来ていた筈なのに。


「…っ、」

「ちょっと、義勇さんに失礼ですよ。そこの女」

「水柱に大変失礼しました。もう関わらないので安心して下さい。それでは」

「おい、月陽っ…!」


睨みつける雨音さんと、戸惑った表情を浮かべた義勇さんを置いて逃げるようにその場を去った。





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