京極屋の屋根に降り立ち、姿勢を低くしながら屋根裏へ侵入する。
宇髄様も辺りを索敵しながら夕暮には動き始めるだろうし、出来る限りの事をしなくてはならない。
日中の廓は比較的静かだ。
寝ている者も居れば、ゆっくり支度を始める者も居る。
今の内に廓の部屋と働く者達を調べて他の店にも行ってみよう。
「…善子はどこに行ったのかしら」
「顔はアレだけど、三味線の腕はとても良かったのに」
「蕨姫花魁からあの子を庇った後居なくなったそうよ」
「ちょっと、そういう事言うと…」
蕨姫花魁、か。
聞き耳を立てていた私はこちらに人の気配が近付いて来たのに気付いて直ぐにその場を後にした。
「須寿音さんは、大丈夫なのかな」
彼女が働く廓はこの京極屋からそう遠くない。
須寿音さんの安否が気になった私は、踵を返しお世話になった廓へ向かう。
記憶が無い可能性が高いから、バレないようこっそり確認する事しか出来ないけれど顔が見れたらそれでいい。
けれど、着いた先ではいつも活気溢れる廓が嫌に静かだ。
イヤな予感がして中へ忍び込み、須寿音さんを探す。
けれどどれ程探しても彼女の姿は確認出来ない。
「…グスッ、どうして」
人に見つからない様に廓の中を探し回って居ると、聞き覚えのある声が聞こえた。
私が義勇さんと一線を超える時、入り口にいた女性の声だ。
こっそり忍び寄り、その女性の背中を擦る二人の姿を捉える。
「どうして、須寿音花魁が…足抜けなんて絶対有り得ないわ…」
「ここに居る全員が思ってるわよ、そんな事…だから鬼殺隊の方に…」
「大切な友人が行方不明だから、もし生きてるならここで待っていたら会えるって、言ってたのに…こんなのおかしすぎる」
そんな会話を聞いて私は静かに拳を握り締めた。
須寿音さんは待っていてくれたんだ。
私を覚えていてくれた。
音も無く立ち上がり、その女性達の背後に立つ。
「…すみません」
「っ、きゃ…!」
「大きな声を上げないで。大丈夫です、私は須寿音さんの友達です」
突然現れた私に悲鳴を上げそうになった女性の口を人差し指で抑えながら静かに言葉を続けた。
刀を見てもしかしたら鬼殺隊の人間だと思ってくれたのかもしれない。
無言で二人が頷いたのを見て指を退ける。
「教えて下さい、須寿音さんはいつ失踪しましたか」
「よ、4日前に…」
「分かりました。ご協力感謝します」
それだけ聞いて背を向けた私の着物が掴まれ脚を止める。
4日前と言うことは間違いなく鬼の仕業だろう。
ゆっくり顔だけで振り返れば、無表情な私に怯える女性が掴んだ着物を強く握り締める。
「お願い、します…須寿音花魁を、どうか…」
「勿論です。ごめんなさい、怖がらせてしまって…今こちらの柱も動いております。どうか貴女達も気を付けて」
そう言って優しく女性の手を離してその場を後にした。
須寿音さんを攫ったのは鬼だ。
彼女は美しい。失踪した女性は誰も美しいと評判のある人ばかりだったと聞いた。
「許さない」
ムキムキねずみを呼び、空いていた部屋で袴に着替える。
一本しかない日輪刀を差しもう一度京極屋へ戻れば宇髄様が屋根の上に居た。
「おい、どこに行ってた」
「少し確認したい事があったので」
「…そうかよ。ならそろそろ動くぞ」
「はい」
空を見上げればもう夕暮れになっている。
宇髄様の後ろについて京極屋の楼主を問い詰めている姿を見つめた。
雛鶴さんは切見世なら鬼に囚われている可能性は少ない。
やはり楼主の口から出た言葉は蕨姫花魁の名前だった。
ここまで鬼殺隊の目を欺き何年もやってきた鬼だ、間違いなく異能の力を操る鬼だろう。
姿を見られないよう楼主の前から姿を消した私達は外で背中を合わせて立つ。
「お前の腕を信じる。派手にやり合え」
「分かりました。宇髄様は雛鶴さんの所へ行くんですね」
「あぁ」
「炭治郎達は、強いですよ」
さっき聞いてもらえなかった言葉を宇髄様へと残して蕨姫花魁を探す為に屋根を蹴った。
さっき部屋を確認したけれど彼女の姿は無かった。
と言うことは京極屋に鬼は居ないと言う事。
あちらこちらに手を伸ばし女性を喰っているのなら吉原内からはまず出ていない。
そう言えば鯉夏花魁は今日が最後だと言っていた。
私は炭治郎の持ち場へ急ぐ。
もし違ったのならそれでいい。
これ以上犠牲は増やしちゃいけない。
嫌な予感がした私はときと屋へと急いだ。
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