「月陽」
「あ、はい!」
「ちょっと来な」
襖の向こうから声を掛けられた私は伊之助に視線で合図して外へ出る。
店の中の探索は伊之助にお願いしていた。
遣り手の方について行きながら私も辺りを観察しながら鬼の気配はないか探る。
まきをさんも探さなくてはならないけれど。
「あんたには廓詞を使えるようになってもらうよ」
「く、廓詞…」
「変な訛もないしすぐに覚えるさ」
「頑張ります」
遊郭潜入は初めてではないけれど、鬼殺隊の協力者と全く関係ない場所では全く違う。
困ったと思いながらも仕方なく勉強するしかないと言い聞かせ遣手の方から直々に指導をして頂く。
この間動けないのは痛いけれど、伊之助が何とかしてくれるだろう。
彼の直感力は目を見張るものがあるから。
しかし廓詞とは難しい。
「ようこそおいでくんなまし…?」
「もっと優雅に!」
「ひぃっ!すみませ…!」
ガシャンと誰かが暴れる音が聞こえて遣手の方と音のした方向へ向く。
伊之助だと気付いたと同時に鬼の気配も僅かだけれど濃くなった。
「っ!」
「あ、こら!月陽!」
「すみません、猪子が心配で!」
遣手の人を置いて廊下を駆け出す。
何だろうこの違和感。ずりずりと這いずるように上下に移動している気がする。
駆け出した私の目の前に伊之助がやってきて息を荒げながら歯軋りをしていた。
「伊之助!」
「見失ったァァクソッタレぇぇ!!邪魔が入ったせいだ…!」
「邪魔?」
確かにもう気配は無くなってしまっている。
兎に角伊之助を落ち着かせて、私達を探している楼主の目を盗んで定期連絡をする為ある店の屋根へ移動した。
「だーかーらー俺んとこに鬼がいんだ!こういう奴がいるんだって、こういうのが!」
「…伊之助」
「いや…うん、それはあの…ちょっと待ってくれ」
「こうか!?これならわかるか!?」
グワッだのワキッだの必死に身振り手振りで私と炭治郎に教えてくれる伊之助に頭を抱えた。
なんかこう、分からないけどグネグネしたものなんだろうか。
確かに変な感じはしたけれど。
ふと誰かの気配を感じて後ろを振り向けば宇髄様がそこに座り込んでいた。
「宇髄様、善逸は?」
「善逸は来ない」
「善逸が来ないってどういうことですか?」
音も気配も無く現れた宇髄様に驚いたのか伊之助が珍しく黙ったまま彼を見ている。
元々忍だしなぁ、なんて思ってる私は脳天気なのだろうか。
そんな事より善逸が来ないということはきっとそういう事なんだろう。
こちらに背を向けたまま話す宇髄様はそのまま言葉を続けた。
「お前たちには悪いことをしたと思ってる。俺は嫁を助けたいが為にいくつもの判断を間違えた。善逸は今行方知れずだ。昨夜から連絡が途絶えてる」
「……」
淡々と話を続ける宇髄様に悲しそうな表情を浮かべた伊之助と炭治郎の頭を撫でてそっと立ち上がる。
善逸が居なくなったとするとほぼ確定で京極屋に鬼が居るんだろう。
「月陽、お前は今すぐに京極屋に潜入しろ。隠密にな」
「分かりました」
私を視線だけで見た宇髄様へ頷き、着物の背中に隠した日輪刀を取り出し炭治郎達の前へ出る。
「お前らはもう花街から出ろ。月陽は兎も角階級が低すぎる。ここにいる鬼が上弦だった場合対処できない」
「…お言葉ですが宇髄様、この子達は」
「消息を絶った者は死んだと見做す。後は俺とお前二人で動く」
「いいえ、宇髄さん。俺たちは…」
「恥じるな。生きてる奴が勝ちなんだ。機会を身誤るんじゃない。後は頼んだぞ」
立ち上がり一歩前に出た宇髄様に声は掛けたが、音も無く消えてしまい私達の話は聞いてもらえなかった。
嘘つき。
死んだと見做すなんて、そんな事微塵も思いたくないくせに。
「…俺たちが一番下の階級だから信用してもらえなかったのかな」
「そんなこと無いよ!それに炭治郎達ってもう庚じゃないの?」
「えっ?」
「階級を示せ」
悲しそうにそう言った炭治郎に私は首を傾げる。
伊之助が拳を握りしめ、藤花彫りという特殊な技術を用いた方法で彫られた鬼殺隊の階級を浮き出させた。
何それと言わんばかりの顔の炭治郎に私は意外と抜けてるんだなと苦笑を浮かべる。
「…炭治郎、伊之助。私はこれから京極屋に行かなくちゃいけない」
「月陽さん」
「引き続き炭治郎も伊之助もお店を調べてくれるかな?勿論、無理はしちゃ駄目だよ」
「…お前は俺達に帰れって言わねぇのかよ」
ペムペムと炭治郎を叩く伊之助の腕を掴んで止め、二人の頬を突いた。
少しだけむくれた伊之助に眉を下げて両頬を手で包みながらきれいな顔を見つめる。
「無限列車で私は炭治郎にも、禰豆子にも、そして伊之助や善逸にも助けてもらった。貴方達の実力をこの目で見た。勿論無理して怪我はしてほしくないけれど、ここで帰れなんて言えないよ」
「…そ、そーかよ!まぁ当たり前だけどな!」
「炭治郎も、自分のやるべき事は分かってるみたいだし気を付けて行ってくるんだよ」
「はい!!月陽さんも気を付けて!」
「うん、それじゃあまたね」
活き活きとした二人の瞳に安堵した私は手を振って京極屋へ向かった。
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