1 夜、警備員は学校を巡回する。 創立されて100年近く経つこの学校には不思議な噂があった。 幾つかある噂話には音楽室にまつわるものが一つ。 音楽室に置いてある楽器がひとりでに鳴るという噂をご存知だろうか。 ピアノやオルガンに「この世に未練を残した生徒が夜になると演奏する」と言ったものだ。 その音楽を聞いたものは死ぬと言う話もあるらしい。 そんな事を上司から聞いていた新人の警備員は恐る恐る音楽室の扉を開けた。 何も音のしない空間がかえって不気味な雰囲気を醸し出す。 「…気味が悪いな。さっさと見回り済ませて帰りてぇ」 適当にライトで照らした彼の背後で、肖像画の目が光った。 【学校の怪談・音楽室】 「雪無先輩、今日の仕事は学校だよ」 「え、学校?」 「聞いたことないですか?学園の七不思議」 「…うん」 無一郎と有一郎と学園で待ち合わせた雪無は今回の件に関わる話を聞くために居住まいを正した。 いつも無表情の雪無の顔には僅かに緊張が感じられたが、それに気付きながら有一郎は指を立てて校庭から音楽室を指し示す。 「深夜音楽室に入って肖像画の目が光ると、ピアノからかの名曲バテガル第25番が聞こえるらしいです」 「バテガル第25番って何?」 「バテガル第25番は通し名だね。無一郎君も聞いた事あると思うよ。ベートーヴェンのエリーゼのためにって曲」 「…うーん、名前は聞いた事ある気がする」 無一郎が首を傾げれば、雪無が有一郎の説明に補足を付け足しながらそれでも分からないという答えに少しだけ曲を歌う。 夜中の不気味な校庭に柔らかい声が響き、思わず時透兄弟はその声に耳を澄ませる。 「……って感じのやつなんだけど」 「知ってた。でも雪無先輩がこんなに歌上手だなんてびっくり」 「そうかな。余り自信はないけど…」 「ほんと、雪無先輩って短所ないですよね」 「全然あるよ。苦手な事もあるし」 眉を下げ、自分を賞賛してくれる時透兄弟に首を振る。 彼女は人との関わりに消極的だが、二人からすればそんなものなんてこと無い問題だと思っていた。 「話すのが苦手ってだけでしょ」 「そんなの短所の内に入らないですよ」 「でも虫も苦手だし、その…幽霊も苦手なの」 「「幽霊って…」」 ごめんね、と雪無は目をそらしながら恥ずかしそうに指同士を絡ませている。 普段幽霊とそう変わらない物を退治している事を知っている二人は思わず顔を見合わせて心底驚いたような声を上げた。 「で、でも頑張るからね」 「…ふふ、兄さん。雪無先輩の可愛い所知っちゃったね」 「まぁ、幽霊が苦手だなんて誰も思わないよな…」 「おい」 校庭を進みながらそわそわ辺りを見回す雪無を横目で見ながら話していると、ここに居る誰のものでも無い声が聞こえた。 無言で驚いた雪無が咄嗟に有一郎の袖を掴むと、声の出処を見たらしい無一郎にも反対側の袖を引っ張られる。 「ちょっと…兄さん」 「どうしたんだよ、二人で掴まれたら俺だって動け…」 「おい、邪魔なんだよ。俺様の縄張りに入ってくるな」 「―――――!!?!」 「逃げんじゃねぇ!」 小型犬のような身体と、人の顔を持つ得体のしれないモノが三人を睨みつけていた。 声を出さずに絶叫した三人はその場から全速力で校舎へ向かい、犬の様な唸り声を上げ追い掛けて来るソレを扉を閉めて距離を取る。 「…い、今の」 「人面犬…?ですよね」 「気持ち悪い…鳥肌立った」 煩い心臓を抑えながら遠くからこちらを睨み付ける人面犬から目をそらす雪無を有一郎が庇うように背中へ隠しながら口角を引きつらせる。 暫くすると諦めたのかこちらに背を向けて歩き出したその姿に無一郎が不愉快そうに顔を歪め腕を擦りながら雪無の顔を覗き込んだ。 「雪無先輩、大丈夫?」 「う、うん。ごめんね、情けない所見せて…ちょっと驚いて」 「いやアレは驚くだろ。俺だって流石に驚いたし」 「アイツ見たときの兄さんの顔凄かったもんね」 「煩い無一郎」 「いてっ」 申し訳なさそうにする雪無へ顔を横に振った有一郎に、揶揄った無一郎の頭を刀の柄で小突いた。 いつもの二人のやり取りに少しだけ緊張の解れた雪無は小さく微笑んでその光景を見つめる。 「仲良しだね」 「うん、僕達双子だからね」 「…ったく、行きますよ。雪無先輩」 「はーい」 ため息をついた有一郎が二人の手を掴み音楽室へ繋がる階段を登った。 戻 |