アヤカシモノ語リ | ナノ
1

大きな翼の音。

烏は息を潜め、代わりに巨体が空を飛ぶ。

探すは群れの主か、
それとも裏切りの旧き友の子孫か。


茜色の空が真紅に染まり、

猛風が地域一帯を包んでいった。



【天狗一族】


「今回は式神が居ないので出来る限り被害が最小限になるようお願いします」

「あぁ」


天狗達の目を掻い潜るために木の根本にそれぞれ身を隠した雪無が声を潜めながら言うと、側に居た冨岡が首を縦に振った。

それを木の上から見下ろしていた伊黒の眉が僅かに寄る。


「大天狗様、瘴気の塊になった天狗の元へ案内して下さい」

「承知した」


人サイズのままの大天狗は先陣を切って森の奥へと向かう。
既に身体がボロボロになった雪無は息を荒げながら大天狗の後を着いていく。

何度か冨岡が背負うと申し出ていたが、彼女は頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。
ただ前だけを向いて進んでいく姿を伊黒は黙って見ている。

何度も何度も傾く身体へ手を差し出そうとする自分を律しながら。


「もうすぐそこだ。あそこには儂の信用のおける仲間が…」

「っ!!」


大天狗が開けた場所へ指差すと、禍々しい瘴気と大量の血の匂いが蔓延し、思わず雪無は口元を両手で覆う。
大天狗の目は見開き、その無残な光景に立ち止まった。

瘴気となった天狗の辺りには大天狗の仲間がバラバラに刻まれ、黒い羽や身体の一部が散らばっている。


「…何故だ」

「っ、雪無は見るな」

「惨すぎる」


それを見た冨岡も伊黒も不快に顔を歪めながら雪無の前に出て視界を遮る。
振り向いて雪無の様子を確認すれば顔を真っ青にさせ身体を震わせていた。


「ご、ごめんなさい…」

「謝らないでいい。流石にこれは見るに耐えない」

「おい大天狗、お前も余り見るな」

「同士たちよ…何故、なぜだ…」


仲間の遺体を掻き集めながら自分も赤に染まる大天狗に、先程までの豪胆さはなかった。
ただひたすらに大粒の涙を流し、混じり合い爆発しそうな感情に身体を震わせている。


「雪無、背中に乗れ。嫌かもしれないが、あれを浄化せねば誰一人報われぬ結果になる」

「伊黒先生…」

「無理するなと言ってやりたいが、浄化する術を持っているのはお前だけだ」

「……いえ、きちんと…自分の足で向かいます」

「雪無」


しゃがみ込んで雪無を見上げた伊黒へ首を横に振ると、そっと前に居る二人の裾を掴んだ。


「一番悲しいのは、大天狗様です。私がここで恐れをなしては持ち場を離れ助けてくださった御恩に報いる事が出来ません」

「…ならば俺と伊黒が側に居よう」

「ありがとうございます」


冨岡が立ち上がり、雪無の強い眼差しに驚きを隠しきれない伊黒へ目をやる。
伊黒はもう一度遺体の山となった凄惨な光景を見、ゆっくりと立ち上がり雪無の震える手を取った。


「いいんだな」

「…はい。伊黒先生、冨岡先生。よろしくお願いします」

「「承知した」」


二人は雪無の両側を守る様に立ち、懐から札を数枚取り出し瘴気の塊へ投げ付ける。
そして祈祷するよう両手を組みながら目を閉じた。


「大天狗、そこを退け」

「…、あぁ」

「遅くなってしまってごめんなさい。どうか、皆さんの魂が健やかに天へと帰れますように」


虚ろな目をした大天狗がその場から離れると、瘴気の塊に貼り付いた札が神々しく光り始める。
それに反応するかの様に多数の気配がこちらへ向かって来ている事に気がついた伊黒と冨岡が腰に下げた刀を抜いた。


「おい大天狗。何も出来ぬのなら端へ避けておけ。悪いが俺達も忙しい」

「浄化が終わるまで俺達は雪無だけを守る事に専念する。お前はどうする」


徐々に浄化の光が強くなる中、雪無に目を奪われていた大天狗へ二人が声を掛ける。
もうすぐ烏天狗の群れが此方に到着するのだろう、羽音がだんだんと大きく近くなってきていた。

問い掛けられた大天狗は、一度塊の周りに散らばる同士達へ視線をやると歯を食いしばり、元の大きさへと戻っていく。


「もう…犠牲者はこの者たちだけで十分だ。仲間内での争いなど、これ程に悲しく虚しいものはあるまい」

「…頼りにしているぞ」

「儂は大天狗。この森の長!烏天狗達に遅れは取らぬ!」


大天狗の瞳から涙がひと粒地へと落ちると、前を向いたその顔は伝説の通り威厳に満ち大きな薙刀を背中から引き抜いた。
その様子に二人が頷くと、汗を滲ませながら浄化し続ける雪無を見て目の前に降り立った赤紫色に羽根を変色させた烏天狗達へ向け切っ先を向ける。


「雪無の邪魔はさせない」

「このようなくだらぬ塊で理性を失うとは情けない。時間外サービスで貴様らに集団生活の送り方をしっかり叩き込んでやろう」

「仲間を殺した罪は重いぞ…烏天狗達よ!」


言葉や理性を既に失った烏天狗達へ三人が飛び掛る。
変色が進み、瘴気に侵食され腐り落ちかけている身体を見て最早助からない事など、雪無に聞かずともこの場にいる者全てが理解していた。
← 

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -